ZS マイカーとバス

先日、日曜学校の生徒に、市立図書館の利用を体験させる企画を
たてた。図書の借り方も大事だが、親にマイカーで送り迎えしても
らわずに、自分でバスに乗って図書館に行く訓練もした。
平生、バスに乗っていない子供達は、喜んだ。 だが、一緒に乗っ
ていてふと思う。マイカーなら10分ぐらいでいけるところを、バスは
あちこち寄りながらいくので、3倍ほどもかかる。
 つい、せっかちな性分で、「遅いなぁ」と思ってしまうが、いや、これ
が娑婆のあり方じゃないか。自分一人なら、マイカーで目的地へ
直行する。しかし、この世は多くの人の「乗り合わせ」(因みに、昔は
バスを「乗合自動車」といった)、自分だけの都合でなく、他人の都
合もいれて、あちこち寄り道しながらも、目的を達成する。これが娑
婆のならい・掟でなかろうか。
 今の時代は、自己中心主義の横行。マイカー主義指向である。
自分だけスイスイといければそれでよい。他人のことなど顧慮しな
い。その自己中心主義が何かの障害でうまくいかないと、切れる。
他を責め、他をなじる。譲り合うことをしらないものが多い。乗り合
わせたら、お互いに席を譲り合いながら、また、娑婆の苦をかこち
あいながらも話を交わし、互いに励まし合っていくのが、「バス」な
らではの情景だ。
 エアコンの効いた快適なマイカーの自己中心・直行主義、これが
人情の希薄な現代の社会の元凶かもしれない。さわがれている無
縁社会出現の元かもしれない。単にエコのためのバスでなく、人間
の連帯意識復活のためのバス利用を考えるべきであろう。

(藤枝宏壽 随想 220821)
【キーワード】 自己中心 乗り合わせ
  娑婆 自他共同 無縁社会