ZS ギブランの詩と業識

「あなたの子どもは」
カーリル・ギブラン
 (藤枝宏壽訳)

あなたの子どもはあなたの子どもではない。
子どもは「生命の渇望」の子どもである。
子どもはあなたを通ってくるのであって
あなたからくるのではない。
子どもはあなたと共にあるが、
子どもはあなたのものではない。
  
あなたは子どもに愛を与えることはできるが
考えを与えることはできない、
子どもは自分の考えをもっているのだから。
あなたは子どもの身体をわが家に宿すことはできるが、
子どもの魂を宿すことはできない、  
子どもの魂は明日の家に住まうのだから、
あなたが訪ねることも、夢見ることさえできない家に。
あなたは子どものようになろうと努めるのはよいが、
子どもがあなたのようになるよう求めてはいけない、
いのちは後戻りするものではなく、
昨日にとどまるものでもないのだから。
  
あなたは弓なのだ、あなたの子どもたちが
生きた矢として放たれる弓なのだ。
弓の引き手は永久の行く手に的をさだめ、
力をこめてあなたという弓をしぼる、
子どもという彼の矢が疾く遠く飛ぶようにと。
あなたは彼の手に撓められることを喜びなされ、
彼は飛びゆく彼の矢を愛するように、
確かな弓をも愛するのだから。

【註】カーリル・ギブラン(Kahlil Gibran)
   (1883---1931)
   レバノン生まれのアメリカ人詩人
   『予言者』(The Prohet)などで有名。

前半の思想、特に
 「子どもは「生命の渇望」の子どもである。
子どもはあなたを通ってくるのであって
あなたからくるのではない。」
というところは、善導大師の業識(ごっしき)の思想に
よく似ている。
 「すでに父母あればすなはち大恩あり。もし父なくは
能生の因すなはち闕(か)け、もし母なくは所生の縁す
なはち乖(そむ)きなん。もし二人ともになくはすなはち
託生の地(ところ)を失はん。かならずすべからく父母の
縁具して、まさに受身の処(ことわり)あるべし。すでに身
を受けんと欲するに、みづからの業識(ごっしき)をもつて
内因となし、父母の精血(しょうけつ)をもつて外縁となして、
因縁和合するがゆゑにこの身あり。この義をもつての
ゆゑに父母の恩重し」(玄義分)
 「みづからの業識」(生まれたいという渇望)
が内因(本当のたね)であり、父母はそのたねが芽を出し、
果実をうむ外縁(お育て)であるという。この業識(ごうだま
しい)という生命
の大きな流れが、ギブランの詩の「弓の引き手」
であろう。(それは神とも天とも云われようがー)
 不思議にも中東と中国とに同じような思想が見いだされた
ことである。
 「子どもをつくる」というような傲慢な考えが現代に流行って
いるようであるが、作るのが
自由であるなら、壊すのも自由という、恐ろしい世相になる。
 この詩、業識の言葉をよくよく味わうべきであろう。
        

【参考】『執持鈔』4にも同様の文がある。
「光明と名号と、父母のごとくにて、子をそだてはぐくむべし
といへども、子となりて出でくべきたねなきには、父・母と
なづくべきものなし。子のあるとき、それがために父といひ
母といふ号(な)あり」
(浄土真宗聖典 第二版 863頁)
 (下線部が業識に相当する)


(出典 Wikipedia、善導大師『観経疏』等)
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