TK 1パーセント

『群萌』26号(昭和45年・1970年)に「一パーセント」
という拙稿を書いた。「風呂は、時間・費用からみて、
生活の一パーセントであるが、宗教・仏教に果たして
一パーセントの時間・費用をかけているだろうか?」と
いう問いであった。
 先日(平成28年・2016年)、この問いを
現時点でどうなるか、計算し直してみた。
 《風呂》
  時間:1回30分、2日に1回入ると1%に
     なる。
  費用:1回のガス代145円・水道代28
     円、計173円。2日に1回とする
     と年間で31,573円。年収320
     万円で約1%になる。
  これで、「風呂は生活の約1%」は現在でも
  当てはまる。
 《仏法》
   では、「心の洗濯」(仏法にふれる・・・おつ
  とめ、聴聞)の時間は?
  時間:毎日(1440分)15分仏法にふ
     れて1%である。
  費用:年収320万円で、1年3.2万円
     仏法に充てて1%である。
 果たして、それだけ仏法に時間・金をかけて
いるであろうか。

 もちろん、仏法に心を入れることは、時間や
金の数値で云々はできない。「ねてもさめても
へだてなく 南無阿弥陀仏をとなふべし」であ
り、「わがいのちあらんかぎり」「憶念の心つね
にして 仏恩報ずるおもひあり」でなければな
らない。しかし、現実は「(如来から)逃ぐるもの」
であるのが実態ではなかろうか。
 せめて、日常の「風呂」(生活の一パーセント)
程度でも、如来に光に遇うべきではなかろうか。
 心ある現代人にお考えいただきたいと思う。
        
(出典 聞法ノート)
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