SI 死を見つめたいい生き方(講演)

ならざき小児科開院10周年記念講演
日時:平成21年8月9日
場所:コミセン和白

いい生き方しよう!
?自分の死を見つめることが大切?

楢崎 修

 昨年の今ごろ、私は兵庫県の山奥、西播磨科学公園都市にいました。兵庫県立粒子線医療センターという病院に入院して、鼻の奥にできたがんの治療を受けていました。粒子線治療というのは強力な放射線療法で、夢のがん治療法の一つと言われています。実際私の場合も、この治療法のおかげで顔面を半分近くも削り取る手術をせずに済みました。不細工とはいえ、顔が半分もなくなるのは寂しいことですから、本当に「ラッキー」です。

 治療は1日1回、たったの15分前後で終了し、あとの時間は自由です。周囲には何にもありませんので、散歩をしたり、読書をしたりして時間を過ごすしかありません。自分の人生や死について考える時間もたっぷりあります。私は毎日2時間くらい歩き回っていましたが、ひとけがなく自然に満ちあふれた高原ですので、毎日の散歩のたびに地球や宇宙、いろんな命を五感全部で実感し、今この地球に生きていることの奇跡や感謝の気持ちを感じずにはいられませんでした。今日お話するのは、その散歩中に考えたこと、それをきっかけに書物にあたって学んだことです。

 今、人間が壊れかけています。その人間が地球を壊し続けています。文明は快適で豊かな生活をもたらしましたが、その代償として人間が失ったものはとてつもなく大きい。自然に対する恐れや感動、感謝の気持ち。宇宙の中での自分の存在を正しく認識すること。生き物として感じるべき知覚回路を人間は失いつつあると思います。手に入れた文明に見合うだけの知恵が人間に育ってきたかといえば、そんなことはまったくありません。むしろ、知恵や理性は後退しています。経済効率(金もうけ)主義やメディア(PC、ゲーム、携帯電話)に支配され、人間性の価値は貶められています。こどもたちの世界にも、その影響は色濃く現れています。簡単に自殺してしまうこどもたち、「人間が死ぬところを見たかった」という理由で人を殺してしまうこどもたち。今、人類はかつてなかった時代に生きているのです。このような人間や地球を救うためには、一人一人の人間が「より良く生きる」ことに目覚めることが、絶対に必要です。

 より良く生きるためには、どうしたらいいでしょうか?答えは自分の「死」のことを考えぬくことです。「死」を意識しなければ「生」はその意味を失い、「死」を見つめることによって初めてより良く生きる道が開けてくるのです。
 現代社会においては、死は遠ざけられています。病人は病院で亡くなることが多いため、身近なところでヒトの死に遭遇することはほとんどありません。一方、テレビ・映画、ゲームなどにはバーチャルな死が溢れかえっています。死んでもリセットすれば生き返る、と思い込んでいるこどもたちがたくさんいるのも当然かもしれません。がんの宣告でも受けない限り、たいていの人は自分の死を身近な問題として感じたり考えたりする機会がありません。それらが現代人の心を貧しくし、あらゆることに関する感受性を鈍らせ、良い生き方から遠ざけているのだと思います。
 最近、高校や大学で「死」に関する教育death education、難しい言葉を使えば「死生学」thanatologyの講義をするところが少しずつ増えているそうです。死生学とは個人の死とその死生観についての学問。具体的には自己の消滅としての死に向き合うことで、死までの生き方を考える学問です。「死への準備教育」を目的とする極めて学際的な学問なので、哲学・医学・心理学・宗教・芸術などいろんな側面からアプローチされています。現代社会において「死への準備教育」はすべての人が学ぶべき最も基本的な教養だと思われますが、実際アメリカでは小学校、ドイツでは中学校・高校ともっと早い時期から死生学の授業を行っているそうです。
 アルフォンス・デーケン先生は上智大学の哲学教授を長く務められ、日本における死生学の草分けですが、「死への準備教育」はそのままより良く生きるためのライフ・エデュケーションになる、と書かれています。

 そこで次に、私自身が受けた死への準備教育がどのようなものだったかをお話します。
 最初に私が「死」を身近に感じたのは、小学校4年生の時。2歳年下の弟が急死。未明に急に胸痛を訴え出し、九大病院に緊急入院。その日の夕方には息を引き取るという急激な経過でした。私は「人間というのは死ぬんだ、あっけなく死ぬんだ」ということを悟らされました。わずか1日で弟の存在が消えてなくなったことは大変なショックで、死は身近な存在だということが私の心に深く刻み込まれました。このことがきっかけで私は医者になることになりました。
 次に遭遇したのは、20台で経験した祖母の死です。痴呆が進んだ祖母は在宅で療養していましたが、老衰で亡くなりました。孫の中でも私を特別に可愛がってくれていた祖母の穏やかな死顔は、「死ぬこともそんなに悪いことじゃないよ」と言っているようで、なぜか私を少し安心させてくれました。死は福音でもあるということを感じました。
 小児科医になってからは、たくさんの患者さんの死に立ち合いました。短い人生を駆け抜けていったこどもたちの死にはつらいものがありましたが、「良い人生は長さではない、どれだけ輝けたかだ」という思いを何度も感じました。また、いのちの終末は家族に見守られて穏やかに逝くのが最善だということも、何度も思いました。ましてや、家族をベッドサイドから遠ざけて行われる無意味な延命処置などもってのほかだと思います。
 私が43歳の時、大学の助教授をしていた同じ年のテニス友だちが過労死で突然亡くなりました。国際学会の責任者の重圧から開放されたばかりのタイミングで訪れた彼の唐突な死に、私は打ちのめされました。人生の中で最も輝かしい、充実した時期に訪れた突然の死に、彼もさぞかし無念だっただろうと思うと、私の胸は張り裂けそうでした。
 それ以来私は、以前にも増して、死を意識した生き方を心がけるようになりました。いつ死が訪れてもいいように、ひとときひとときを大切にすること。自分が納得できる生き方をすること。真に価値あるものを求めること。物事には優先順位をつけて当たること。感受性を研ぎ澄まし、自然、地球、人との出会いをたくさん感じること。できるだけたくさん本を読み、音楽を聴き、絵を楽しみ、映画を見ること。
 昨年6月鼻血をきっかけに私の鼻の奥にがんが見つかりました。10年前にも胃がん、大腸がんが発見されましたが、幸い早期がんで手術をして治りました。しかし、今度のがんは相当タチが悪い。幸い顔面を半分削り取るような手術はしなくて済みましたが、2年後に生存している確率は20?30%程度と宣告されました。希望を捨てずに最新の治療を続けていますが、今のところはがんの勢いの方が優勢です。
 今の私は人生の仕上げをしながら、1日1日を楽しみ味わい尽くすような生き方を心がけています。病気のおかげで生きている時間の輝きかたが変わり、一瞬一瞬が貴重な時になりました。若い時から死を意識しながら生きてきたので、自分らしく生きてこれたと思っています。しかし、死が現実的なものになってくると、生きていることの意味がさらに濃密になってきました。今日も生きていられることの素晴らしさ、五感で感じられることの喜び。時間の大切さ。自分らしく生きていくことの価値。それらがこれまでの何倍にも増加しました。以上が、私が経験してきた「死への準備教育」です。

 さあ、話をまとめましょう。もう答えは何度も出て来ましたが、どんな生き方がいい生き方なんでしょうね。若者に尋ねたら、偉くなる、お金持ちになる、遊んで暮らせる、女(男)の子にもてる、高級車を乗り回す、・・・といった返事が返ってくるかもしれませんね。でも、そのような生き方で、はたして毎日充実感や達成感を感じられるでしょうか?僕の生き方はこうだ、と胸を張ってひとに言えるでしょうか?死ぬ時に自分をほめてあげることができるでしょうか?
 今度は、今の生き方がいい生き方なのか否かをチェックする項目をあげてみましょう。
  ・漫然と生きていませんか?
  ・時間を無駄にしていませんか?
  ・地球の素晴らしさを感じる機会がありますか?
  ・安らげる家族や友人との関わりがありますか?
  ・勉強や仕事が楽しいですか?
  ・これが自分に与えられた使命だ、人生の目標だというものを感じて
   いますか?
 いい生き方をするために忘れてはならないことも列挙してみます。
  ・誰でもいつかは必ず死ぬこと
  ・自分の命だって限りがあること
  ・死がいつ訪れてくるかは、誰にもわからないこと
  ・だから、生きている今この時間はとても大切。
  ・今あなたとのこの出会いは二度とないかもしれないこと(一期一会)。
  ・どう生きていくか、時間をどう使うかを決めるのは自分だということ
「死」を意識して初めて「生きること」の意味や喜びがわかってくるのです。それがひいては「いい生き方」につながるのです。限りある自分の命、生きている時間を感じながら、毎日をイキイキと楽しく充実させて生きていくことがとても大切なんですね。
 
 最後に我が人生を採点してみると、
  ・小児科医になれました
  ・最高の伴侶に巡り合えました
  ・素晴らしいこどもたちを授かりました
  ・たくさんの友人やサポーターを授かりました
  ・20年間障害児医療に全力投球できました
  ・10年間理想の小児科クリニック、地域の育児支援基地作りに没頭できました
  ・病気との闘いは、生きることの喜びや良い生き方を教えてくれました
毎日充実感や達成感を感じられましたし、僕の生き方はこうだと胸を張ってひとに言えますし、死ぬ時には自分をしっかりほめてあげられます。したがって、合格!!

 みなさん、死を忌み嫌うのではなく、見つめることによって、自分らしいいい生き方をしてください。これがクマさんからのメッセージです。


(この文章は講演要旨に加筆したものです)

        
(出典 http://www3.ocn.ne.jp/~kodomo-n/10thlec.html)
【キーワード】 死の意識 生きることの意味
闘病 充実感 達成感 小児科医