SI 教誨師

『極刑者に寄り添うて』                   矯正施設教誨師  渡邉 普相
死刑執行のまさに直前、長年にわたり受け持ってきた死刑確定者に最後の教誨を行います。
まず、お仏壇の前で一緒にお勤め。「讃仏偈」を大きな声を出してあげます。声を出すことで落ち着くんですね。そして、最後にお茶を出して、時にこう言うんです。
「執行がイヤだったら、大きな声でわめきなさい。泣いてもわめいても、浄土往生の妨げにはなりませんよ。思い切り、わめきなさい」
教誨を受けた人間は、わめきもせず、みんないい顔をしてますよ。
あの人たちは日ごろから、「死」を心の中に持ち続けています。その状態を非常に残酷であるという言い方をすれば、その通りかもしれません。しかし、本人たちは長い間、実際にそれを持ちながら生きてきたのです。毎日、刑の執行をイメージして覚悟をしてるんです。結局、最後は阿弥陀如来のお慈悲の中に救われていくことを受け取っているんですね。
教誨師になって、来年で丸五十年、主に死刑確定者ばかりを教誨してきました。きっかけは、先達の篠田龍雄和上に、「ワシの跡を継いでくれ」と言われたからです。
「あなたがあの人たちのことを怖いと思ったら、相手はそれを見抜きますよ。腹を据えてワシがやることを見ていなさい」
と、かけ出しのころ、篠田和上は教誨に立ち会わせてくださいました。和上の教誨を受けていたある人が、
「先生、引導を渡して下さい」
と頼んできた。私だったら、「浄土真宗に引導なんてものはない」とか、つまらないことを言ったかもしれません。しかし、和上は、
「死ぬんじゃないぞ、浄土に生まれるんじゃぞ。喝っ!」
と、すかさず言った。すると、その死刑確定者は、
「ああ、生まれるんですね」
と、ニッコリ笑いました。
「私も、後から行きますからね。待っててくださいよ」
と和上。たいしたもんです。それが、宗教教誨の極みだと五十年近く経った今でも鮮明に覚えています。

有期刑を受けている受刑者の教誨は、基本的にグループで行い、塀の外に出ても再犯しないように、社会復帰後のまともな生き方ができることを目標としています。それに対して、死刑確定者は個人教誨で、彼らがこの世を去るときの心の安定が目的です。
教誨の内容は、人によってもちろん違いますが、異性のことや食べ物のこと、本人が歩んできた人生を話してもらうことから始まります。個人教誨でまず守るべきことは、一時間あればその七割は相手の話を聞くこと。いわゆるカウンセリングです。そういった日常生活の話から、人間の命の問題へとジワジワ踏み込んでいくんです。
犯した事件のことはほとんど話さないし、こちらも聞かない。調書を一度読むくらいで、情報は持っていかない。そういうものは、教誨にあまり必要でないと思います。死刑確定者は、みんな人を殺している。その人の供養のためだけに教誨を受け始めるんです。
殺したばあさんが夜中になったら化けて出てきて、自分の上に馬乗りになって首を絞めてくる、と幻覚に襲われた死刑確定者がいました。「何とかしてくれ」と教誨を始めたんです。施設にある本願寺派の立派なお仏壇の前で、お念仏を申し、「お正信偈」を唱えます。ただそれだけを繰り返しているうちに、ばあさんが出てこなくなったと言うんです。喜んでいましたけどね、「お勤めを止めると、また出るぞ」と脅してやったんです。それからは仕方なくの教誨だったんでしょうが、あるとき、
「今あげた正信偈には、何が説かれているんですか」
と聞いてきた。そう問い始めて、初めて本人の心が教誨を受けようと開かれるんです。そこまでに、かなりの時間がかかりますね。

以前の死刑執行言い渡しは、三日前に言い渡しをした施設もありますが、こちらの施設は前日でした。そのころは、言い渡された日に両親や兄弟を呼んでお別れ会を開いていたんです。その場に、教誨師が立ち会っていました。
ある母親は、明日死刑が執行される息子を抱きしめて、「勘弁してね、許してね」と、母の方から子にわびているんです。自分が産んだ子を死刑になるような人間に育ててしまった、と自らの責任として受け止めている。親父は、「あんなヤツ、勘当だ」とか言いますが、おふくろは違うんです。「自分が悪いんです」と、いつまでも息子から離れようとしない。私は、「時間でございます」と二人を離して、
「今生の最後です。お母さん、よく顔を見ておいてください。もしまた息子さんに会いたかったら、今度はあなたが仏法を聞くんですよ。それ以外に会う道はありませんよ」
と、卒倒寸前になっている母親に言いました。
息子は、独房に帰って、声を上げて泣くんです。
「母をあんなに悲しませた。何てことをやってしまったんだろう」
私が何年もかかって教誨するよりも、母の一言の方がよっぽど大きな力を持っているんです。
執行前夜の死刑確定者の顔は、一切の邪念が抜けて、まるで仏さまのようでした。「いい顔してるねえ」と言うと、ニッコリ笑ってから、朝までかかって覚悟の遺書を書いてましたよ。
そんなお別れ会がずっと続いていましたが、最近は、言い渡しが当日の朝になりできなくなりました。当日執行に変わる直前に、ある人にこう言われたんです。
「前の日に、ゆっくり遺書を書かせてください」
それが、いきなり朝に言い渡されて彼は怒っていましたね。
「先生、あれほどお願いしてたじゃないですか」
しかし、国家が決めたことに、現場の教誨師が何一つ言うことはできません。
「許してくれ」
と謝ったら、
「残念でございます」
とだけ・・・・・・。最後に何か言いたかったんでしょうね。

執行直前、教誨を受けた死刑確定者は、立ち会いの所長・検察庁の検事・看守さんたちに御礼を言います。一人一人に、
「私のような者のお世話をしてくださいまして、有り難うございました」
と。今から自分を処刑しようとする人に対して、最後に、「有り難う」と頭が下げられる心の状態。それが、弥陀如来のお慈悲に抱かれて、救われている人の姿なのです。


        
(『御堂さん』2008年11月号 本願寺津村別院発行 より転載)
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       母の愛情 「母さんが悪かった」