SC 親鸞聖人の名号
 『改邪鈔』(がいじゃしょう)〈覚如上人六八歳撰述〉本二に、親鸞聖人は、観無量寿経の第八観に出ている「丈六八尺随機現」の仏像を御依用にならないで、「天親論主の礼拝門の論文(ろんもん)、すなはち「帰命盡十方无礙光如来」をもって真宗の御本尊とあがめましましき」と出ている。

大無量壽經言         │婆藪般豆菩薩曰
設我得佛灮明有能限量   │世尊我一心歸命盡十方
下至不照百千億那由多諸 │无㝵光如来願生安楽国
佛國者不取正覚        │我依修多羅眞實功徳相
設我得佛壽命有能限量下 │説願偈総持與佛教相應
至百千億那由多劫者不取 │觀佛本願力遇无空過者
正覚               │能令速満足功徳大寶海
康元元丙辰十月廿八日   │ 愚禿親鸞敬信尊號
書之               │  八十四歳書之 
『親鸞聖人真蹟集成』(第九巻)には聖人直筆の御名号が六軸写真版で紹介されている。
①六字名号(南无阿彌陀佛)…本派本願寺蔵
     ※八十四歳(十月二十八日)。
②八字名号(南无不可思議灮佛)…高田派専修寺蔵。※八十四歳(十月二十五日)。◇裏書
③十字名号(歸命盡十方无㝵灮如来)…同右
    ※八十四歳(十月二十五日)。◇裏書
④十字名号(歸命盡十方无㝵灮如来)…岡崎市妙源寺蔵。※八十四歳(十月二十八日)。◇
  ー上に写真紹介したもの
 ①~④=上下に賛銘。三紙・三段・一幅表装…中国宋代の様式。
 ◇=裏書あり「方便灋身尊像 康元六丙辰十月二十五(二十八日)」(写真) 

5 十字名号(歸命盡十方无㝵光如来)…高田派専修寺蔵。
6 十字名号(歸命盡十方无㝵光如来)…高田派専修寺蔵。
   5 ~6 =上下に賛銘。絹布一枚。名号は籠文字(字画の輪郭を写しその中に墨を埋めていく)。
   ①~6 =名号はいずれも蓮台の上=「本尊」としての印
7 十字名号(南无盡十方无㝵灮如来)…高田派専修寺蔵。「南无」の十字名号。
8 六字名号(南无阿弥陀佛)…大谷派本願寺蔵。 
  7~8=名号のみ。賛銘・蓮台などない。

【私記】
  1 親鸞聖人は、絵像・木像でなく、名号を本尊とされたということは、名号を礼拝されたのであろう。
  2 そのときには、その「名号」を称えられたのだろうか。7の「南无盡十方无㝵灮如来」とも称えられ・・・。
  3 親鸞聖人にとっては、「光と寿が無量で十方に満ちたまえるアミタ佛に南無・帰命する」という意味の名号であれば、「南無阿弥陀仏」という定型にとらわれないで、その佛    の名とはたらき(意味)とを一つにして、有難いと南無・帰命されたのであろう。
  4 『親鸞聖人御消息』13、『末灯鈔』14にあるとおり、「南無阿弥陀仏とと なえた後「無碍光仏」と称えても一向かまわない」と聖人自らお書きになり、その後、(現に)覚信房    が聖人の膝下で命終するとき、「南無阿弥陀仏、南無無碍光如来、南無不可思議光如来ととなえられて、手をくみて、しづかにをわられて候ひしなり」とある。
  5 現代、浄土真宗では「南無阿弥陀仏」を「なもあみだぶつ」か「ナムアミダブツ」と云い、また「なんまんだぶ」「なんまんだぶつ」「なまんだぶ」「なまんだぶつ」と称えるが、上    で見た親鸞聖人の名号観からすると、どれでもよいように思われる。
     要は、如来の大悲を仰いで称名することである。
  (出典 『親鸞聖人真蹟集成』 聞法ノート)
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