SC 夢告讃を草稿本で味わう
「正像末和讃」は、常用の『聖典』に載っているものが唯一と思っていましたが、調べてみると草稿本、初稿本、文明本があり、構成も内容もかなり変容していることを知りました。
 特に、夢告和讃を草稿本で読んだときの「気がかり」を記します。
 《1》 『親鸞聖人真蹟集成 三』(写真版)および
  高田『聖典』の『正像末法和讃』釈覚然(活字版)《草稿本》:
表紙:「正像末法和讃 釋覺然」(別筆)
第1~35頁:正像末法和讃35首(聖人自筆+別筆:左訓付き)が順次書かれている。(常用で読みなれた和讃が多いが、順は現行とかなり異なる。)例:第1~3首目:「五十 六億七千万」、「念仏往生の願により」「真実信心をうるゆへに」、9首目「三朝浄土の大師等」、13首目「釈尊かくれましまして」、34首目「如来の作願をたづぬれば」、そして35首目「如来大悲の恩徳は・・・骨をくだきても謝すべし」で終わっている。
第36頁:(右下に)「已上三十四首」(数は合わないが)
(頁中央に)
 (A)「康元二歳丁巳二月九日の夜
    寅の時に夢の告にいわく
第37頁:
 (B) 弥陀の本願信ずべし
     本願信ずるひとはみな
     攝取不捨の利益にて
     無上覚をばさとるなり
第38頁: 
 (C)この和讃をゆめにおおせを 
   かふりてうれしさにかきつけま
   いらせたるなり
   正嘉元年丁巳閏三月一日
     愚禿親鸞八十五歳 書之」
  Q1 夢告を受けられたのは聖人85歳の2月9日であるが、それを草稿本に書かれたのは約50日後の閏3月1日である。夢告和讃感得の「うれしさ」に『正像末法和讃』を書き始められ、その最後に夢告の事実を披瀝されたのであろうか? それとも、『正像末法和讃』は、2月9日以前からのご執筆であり、途中で夢告を受けられたのだろうか。
第39~43頁:
  (この夢告讃の感動の余波とも思われる和讃 が同じ筆致でその後5首続く)
 ⑴「真実信心の称名は 如来回向の法なれば
  不回向となづけてぞ 自力の称念きらはるる
 ⑵「大日本国粟散王 仏教引興の上宮皇
   恩徳ふかくひろくます 奉讃たえずおもふべし」
 ⑶「上宮太子方便し 和国の有情をあわれみて
  如来の悲願弘宣せり 慶喜奉讃せしむべし」
 ⑷「罪業もとより所(しよ)有(う)なし 妄想顛倒よりおこる 
  心性みなもときよければ 衆生すなわち佛なり」
 ⑸「無明法性ことなれど 心はすなわちひとつなり 
   この心すなわち涅槃なり この心すなわち如来なり」
 Q2 ⑵ ⑶ の和讃二首の付記からみると、夢告の主は聖徳太子であったろうかとも想像されるが、短絡的推論であろうか。
 Q3 ⑷ ⑸ の和讃は夢告讃との関連で述べられたのだろうか。それとも、その前の『正像末法和讃』への付記であろうか。例の義絶(84歳時5月)について聖人の心底には慈信房・異解の門弟らのこと(その罪業?)が気がかりであられたのではなかろうか。そのことをも踏まえて、末代凡夫の罪業・無明も、仏智不思議の世界に入らしめら れれば、清浄・涅槃の世界に包まれるのだという大乗仏教の極致を再確認され、私的にまた公的に、末法和讃の結びとされたのではないか。

《2》(A)康元二歳丁巳二月九日の夜寅の時に夢の告にいわく
   (B) 弥陀の本願信ずべし 
      本願信ずるひとはみな 
      摂取不捨の利益にて 
      無上覚をばさとるなり 
  ・・・(高田『聖典』では、『三帖和讃 顕智本』中の『正像末法和讃』釈顕智《初稿本》の巻頭に別記
   《備考》「宗祖八六歳9・24 宗祖、『正像末法和讃を著す(専修寺蔵顕智書写本奥書)」
                                        ・・・西『聖典』年表に記載
《3》
 同文(A)(B) 『正像末和讃』の(一)として
                  ・・・(西『聖典』(文明版底本)
 Q4 草稿本から初稿本になったとき、なぜ(C)「この和讃をゆめにおおせをかふりてうれしさにかきつけまいらせたるなり」が除外されたのであろうか。ここにこそ聖人の生の感動が顕われている。これは、流布本の東西『聖典』でせめて注記としてでも復記してほしい。
 Q5 『定本 親鸞聖人全集 第二巻』の和讃解説・「五 正像末法和讃」の項によると、「(草稿本の)初め九首は自筆であるが、十首目からは別筆(覺然)である」とのこと。残念 な気もするが、当初は聖人が自筆されたものを、覺然が筆写した。幸いにも今その書写本だけが「草稿本」として残り、『真蹟』として我々の目に触れられるのである。それでも、(C)の直筆はどうであったろう?と思われてならない。
     

☆ともかくも今回、「弥陀の本願信ずべし」と、真宗念仏の「いのち」によみがえられた聖人のお喜びを、愚かなこの身に有難く味わわせていただきました。

(出典 聞法ノート)
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