SC 「値・遇(まうあう)」の語源

親鸞聖人は、
「遇(ぐ)遇(ぐ)」はまうあふ(もうあう)といふ、まうあふ(もうあう)と申(もう)すは本願力(ほんがんりき)を信(しん)ずるなり(『一念多念文意』)と示されています。
また、「弘誓に値(まうあ)ひぬれば」(『正信偈』)とも書かれています。

 この「もうあふ」という言葉を『日本国語辞典』で調べるとこう出ている。

もう-あ・う まうあふ 【参逢・値・遇】
(自ハ四)(「まいあう」の変化した語) 参上してお目にかかる。尊い方などにお会いする。会わせていただく。)

参考:
もう-でる まう・でる【詣】文 まう・づ「」(自ダ下二)(「まいづ(参出)」の変化したもの) 貴所へ行く、至るの意の謙譲語。①貴所・貴人ともとへ出向く。参上する。 ②神仏にお参りする。参詣する。

・・・
「まうあふ」も「まうづ)」も
 参(まゐ)+逢(あふ)の音便→まうあふ
 参(まゐ)*出(いづ)の音便→まうづ
と同じ成り立ちであり、「貴いもの」の意の「参」との合成語である。
 したがって「まうあふ」は、得がたい仏縁に遇いがたくして遇い得たという意味である。
        
(出典 聞法ノート)
【キーワード】 (尊い方に)参いり+遇うの        音便 参詣 

参考
親鸞聖人(撰述書中)の「値」の訓みかた <32件>
A 「もうあふ」 24件 (仏法<弘誓・浄土の教・経・真宗・真心>、仏、仏世など)
B「あふ」 3件 (善知識、弟子など)
C「漢文」 5件 (値遇、難値難見など)

親鸞聖人(撰述書中)の「遇」の訓みかた <34件>
A 「もうあふ」 14件 (本願力、弘誓、如来世尊、この光、真宗など)
B「あふ」   13件 (善知識、火、             師釋など)
C「漢文」    7件  (値遇、遇無             空過者など)

以上、親鸞聖人は「仏・法」(仏世、本願など)そのものについては、値・遇の字を使いながら「もうあふ」と謙譲語で訓まれている。(時には「逢」を「まうあふ」と訓まれている例もある。)
「弘誓の強縁には値ひがたい」、よほどの「強縁」であったのだ(「兮」!)という聖人の感慨がにじみ出ていることを銘記すべきである。「真宗」に値遇出来たことを当然だなどと思ってはならないー師訓に悖ること堕地獄の罪だ!(290423)