SC もったいない

「もたいない」(MOTTAINAI)という言葉・概念が,ケニア出身の環境保護活動家でノーベル平
和賞を受賞した(2004年)ワンガリ・マータイさんによって大きく取り上げられ、世界に広めら
れたことは有名な話である。
 しかし、その「もったいない」の語源については、日本人でも必ずしも審らかでない。
 広辞苑では
もったい‐な・い【勿体無い】
〔形〕もったいな・し(ク)(物の本体を失する意)
①神仏・貴人などに対して不都合である。不届 きである。明徳記「其中にこの一所程の事
さ のみ御違背は―・きの由」
②過分のことで畏れ多い。かたじけない。あり がたい。狂言、武悪「アア―・い、まずこの 
手を取つて立たしめ」。「―・いお言葉」
③そのものの値打ちが生かされず無駄になるの が惜しい。「捨てては―・い」「おしゃべ
は 時間が―・い」
と出ていて、よく解説してあると思う。
 
 ところで「勿体」の意味はどうか。
『暮らしのこば 語源辞典』(講談社 1998)
にこう出ている。

勿体ない
ありがたい。または、惜しい。
 和製漢語「勿体」に「無し」がついたもの。
「勿体」の起源は、「物体」(呉音でモッタイと読み、物のあるべき姿、本体の意)と考えられ
ている。「物体」という漢語がもつ「本質的なもの、枝葉でない重要は部分」という意味的な
側面を発展させて、「ものものしさ、重々しさ、またはそういう態度」を示す和製漢語「勿体」が
成立したと思われる。「勿体」という表記は、「物体」の「物」の字を略したもの。先に述べた
ような経緯で意味が「物体」から分離したのに伴い、独自の表記が定着したものであろう。
 モッタイナシは、この「勿体」の持つ、「重々しさ、厳正さ」という意味合いを「無し」で否定し
たもので、「妥当でない、不届きだ」という
のが原義。『日葡辞書』(一六〇三年)には「もったいない」の意味として「耐えがたい、また
不都合な」とある。そこからさらに、妥当でない→自分の身に不相応である→ありがたい
→惜しい、という径路をたどって意味が拡大してきた。現代語では主として「ありがたい」また
は「惜しい」意で使われる。 (池上)

○もったいない
正躰(しょうたい)なきといふべき時に勿躰なしといふは誤たること葉なりと云り。勿躰の二字
を躰なしとよめば、勿躰なしとはいらぬ重言かと云り。(嘉多言)『語源海』2005年。
 (※『嘉多言』=『かたこと』『片言』5卷=    安原貞室(江戸時代の俳人)、慶応3年  
 (1650)刊行。)
…ここでは、「勿体」を「物体」の略字と読まず、
 「勿」を「なし」と読んで、「勿体」=「体な し」にさらに「なし」とつければ、同じ「な し」重ね
ていうことになるから、誤用である と解釈している。(藤枝)

(出典 広辞苑、暮らしのことば 語源辞典、
   日葡辞書、語源海、かたこと)
【キーワード】 和製漢語 呉音 ワンガリ・   マータイ ありがたい 惜しい