SC 高僧の入寂年齢
◇親鸞聖人が「つひに念仏の息たえましましを
  はりぬ。ときに頽齢(たいれい)九旬(きゆうしゆん)ににちたまふ」
  と『御伝鈔』にある。 750年昔としては、大変なご長命であった。
   ふと、他の高僧方の入寂年齢はどうであったろうかと思い、調べてみた。
  教祖と和朝の主な宗派の祖、七高僧、その他について、入寂年齢順に並べてみる。

親鸞 90歳 承安3年1173~弘長2年1262
    <その間に天皇11人、元号36回替わる>
蓮如 85歳 (1415ー1499)
存覚 84歳 (1290ー1373)
覚如 82歳 (1270ー1351)
釈迦 80歳 (BC4-5世紀)
法然 80歳 (1133 ー1212)
隆寛  80歳 (1148ー1227)
源信 76歳 (942ー1017)
空也  70歳 (903ー972)
聖覚 69歳 (1167ー1235
空海 62歳 (774ー835)
日蓮 61歳 (1222 ー1282
最澄 56歳 (767ー822)
道元 54歳 (1200ー1253)
一遍  51歳 (1239ー1289)
聖徳
太子 49歳 (574ー622)

参考
恵信尼 87歳+? (1182ー1268+?)
覚信尼 60歳 (1224ー1283)
                以上 略記【所感】
 「一三六 生れによって賤しい人となるのではない。生れによってバラモンとなるので
  はない。行為によって賤しい人ともなり、行為によってバラモンとなる」
   (中村元訳『ブッダのことば』「第一、蛇の章、七、賤しい人 p35)
 といわれる。
  同じように、「寿命によって人の価値が決ま るのではない。行為によって賤しい人ともな り、行為によって尊い人ともなる」のであろう。だから、高僧の入寂年齢で、その功績を 云々することは、論外のことである。     ただ一つの情報として上記の一覧を示した。 その感想は、読者個々人におまかせしたい。
  ただ親鸞聖人の門末として思うことは、もしも聖人が教行信証を草稿された52歳でお亡くなりになっていたとしたら、聖人の深い 御信境には遇えなかったであろうー和讃にも、御消息にも、自然法爾や悲歎述懐にも遇えず、おそらく大乗の至極という浄土真宗には遇えなかったであろう。そう思うと、九十歳というご長命、ようこそ、ようこそ、完遂してくださいました、と、念仏が出るばかりである。
        
(出典 聞法ノート)
【キーワード】 
親鸞 蓮如 存覚 覚如 釈迦 法然 
隆寛 源信 空也 聖覚 空海 日蓮 
最澄 道元 一遍 聖徳太子 
恵信尼 覚信尼