SC 「樹心弘誓仏地」のルーツ

親鸞聖人の『教行信証』・後序の実質的な結文にこうある。
①「慶(よろこば)しいかな、心を弘誓(ぐぜい)の仏地(ぶつじ)に樹(た)て、念(おもい) を難思(なんじ)の法海(ほうかい)に流す。」(まことによろこばしいことである。心を本願の大地  にうちたて、思いを不可思議の大海に流す。)
  《原文:慶哉樹心弘誓仏地流念難思法海》

 そして『浄土真宗聖典』には、下線部について次のような註がついているので驚く!

② 『大唐西域記』巻三の「心を仏地に樹て、情を法海に流す」という文による。弘誓の仏地は仏の本願を大地に喩えたもの。 

   念のため玄奘三蔵(600-664)の書いた  『大唐西域記』を調べると、たしかにこう書いてある。

③  《樹心仏地流情法海》

 ①と③では「念」と「情」が異なるだけ。(しかし、親鸞聖人の『浄土文類聚鈔』には、「流情」のまま。)

  ともかくも、親鸞聖人は『大唐西域記』を 読んでおられたに違いない。というのは、聖人は玄奘の(『阿弥陀経』異訳)
④『称讃浄土経』の中の経文「仮使経於百千倶 胝那由多劫。以其無量百千倶胝那由多舌。一一舌上出無量声。讃其功徳亦不能尽。」(仮使(たと) ひ百千倶胝那由多劫(くていなゆたこう)を経て、其の無量百千倶 胝那由多の舌を以て、一一の舌の上に無量の 声を出して、其の功徳を讃ずるも、亦(また)尽くすこと能(あた)はず。)を大変慶ばれて、『浄土和讃』(国 宝本)の冒頭に引用され、また「諸経和讃」 にこう和讃しておられる。
⑤  百千倶胝(くてい)の劫(こう)をへて 
   百千倶胝のしたをいだし 
   したごと無量のこゑをして 
   弥陀をほめんになほつきじ
⑥因みに『称讃浄土経』という言葉は『行巻』 にも1回、『入出二門偈』(表紙裏)に1回、『西 方指南鈔』にも3回出ている。

こういう聖人と玄奘三蔵との密接な関係から窺えば、聖人が玄奘の『大唐西域記』を読まれていたであろうことは、容易に想像できる。

 ★それにしても、聖人の「仏地・法海」のルーツが『西域記』にあることをどなたが発
見されたのだろうか? 気になることだ。

(出典 聞法ノート 
  参考 柏原祐義『三帖和讃講義』)
     黒田覚忍『聖典セミナー 浄土和讃』
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