RE み手の中

 私が刑務所に法話に行ったとき、六十歳くらいの男の人が、話の途中から泣き出し、最後までしきりに涙をふいていました。あとで、その人に私はたずねたのです。
 「何であなたはあんなに泣いていたのですか」と。
 その人は答えました。
 「先生のお話を聞いているうちに、私の生まれた家のお仏壇が見えてきました。そして私の幼い頃、おじいさん、おばあさんといっしょに、もみじのような掌を合わせ、み仏様を拝んだ私の姿が浮かんできたのです。
 そうして今先生は、お阿弥陀仏様は、老少善悪をえらばず、わが一人子として、みんなみんあお抱きくださるお慈悲と聞かせていただきました。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
 私のような大悪人もお阿弥陀様だけはお抱きくださるとお聞きし、涙がふきこぼれました。
私はまだ二十年もここにいなければなりません。必ずここで死に果てると思います。
 しかし、先生のお話を聞いているうちに、ここは刑務所ではなくて、お阿弥陀様のみ手の中と知らせていただきました。
 勿体ない、勿体ない。私の心は、真っ暗闇から今、お光の中に出していただきました。ここでどんな死に方をしても、死んで地獄に落ちても、すべてお阿弥陀様のみ手の中だと知らせていただきました。」

○来し方も又行く方も今日の日も
  我は知らねど弥陀のみ手の中
○弥陀仏のいのちゆ生まれ弥陀仏の
  いのちにやがて帰る我らよ

(出典 藤原正遠『み運びのまま』124頁)

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