RE 私が悪かった

金子大榮先生に師事していた永尾雄
二郎病院長の話

酒を飲んで気分が悪くなった人が休診
の戸を叩く。やむなく強心剤を注射し、
本人、気分がよくなったと帰る。家に
帰って床に臥し、数時間後、家人は死
亡を発見・・・ 
 裁判所から呼び出し。調べてみると
(裁判に)「勝てる」という。裁判の前夜、
金子大榮先生から(耳がわるいので
一方通行の)電話。
 「私が悪かったという気持を忘れない
ように」
とだけ言って、電話切れる。
 裁判所では、すぐさま調停に捺印し
て帰る。
これで一件落着。皆が「涅槃」した。
今まで「我は念仏者なり」と数珠を握
りしめていたが、
 ・「我是なり」というものは傲慢である
 ・人間の存在がすでに罪(他への迷惑)
  であることを知るべし
 ・「我は正しい」と思う者が負けるべきだ
という金子先生の念仏のこころに溶かされた。

(出典 永尾雄二郎 NHKラジオこころの時
    代 平成8-3-17)
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