RE 「私のカアちゃん、バカ母ちゃん」

 (前文略)五年生の少女が登壇しようとした瞬間、その隣りに座っていたお母さんは、思い余って、 『ヤダヤダ恥しい』と両手で顔をおおいながら椅子の上でうずくまってしまったのでした。でも、小学五年の少女は、スラリと背の高い赤いカーデガン姿で、お下げ髪を揺らせ乍らニコニコ笑みを たたえて壇の上に立ったのではありませんか。マイクの前で、作文を両手一杯に拡げるや明るく弾んだ声で読みあげたのでした。

「私のお母さん」
    小学5年 阿野名仁子
 私のカアちゃん、バカ母ちゃん!(爆笑)私のカアちゃんはバカです。(また爆笑)
野菜の煮物をしながら、洗濯物を干しに庭にでたら、煮物が吹きこぼれ、父ちゃんから
『オイ、バカ。煮物が溢れているぞ!』と言われて、慌てて、洗濯物を竿ごと放り出して台所へ駆けこみました。洗濯物は泥だらけです。(爆笑)『バカだなあ』と言われて、 『ごめんね、父ちゃん、カンベンね』とおどける母ちゃんです。しかし、母ちゃんを叱るその父ちゃんも
実はバカ父ちゃんなのです。(大爆笑)ある朝、慌てて飛び起きて来て、『ご飯はいらん』と洋服に着替え、カバンを抱えて玄関から走り去りました。すると母ちゃんが、『バカだね。父ちゃん。
今日は日曜日なのにね。また寝ぼけちゃってまあ!』(爆笑)
 そういうバカ母ちゃんとバカ父ちゃんの間に生まれた私が、利口なはずはありません。(大爆笑) 弟もバカです。(笑い)家中みんなバカです。(爆笑)
 しかし……(場内シーン)私は大きくなったら、私のバカ母ちゃんのような女性になって、 私のバカ父ちゃんのような人と結婚し、私と弟のようなバカ姉弟を産んで、家中みんなでアハハァハと明るく笑って暮したいと思います。
私の大好きなバカ母ちゃん!!(一同、涙、涙、涙)(以下略)」

(出典: 平井信義著『子どもを叱る前に読む本』
    (PHP文庫))
の一部抜粋:
    
 〝これは、私がNHKの第一放送で担当しているラジオ電話相談で、私の相手をして下さっていた相川浩アナウンサーが、『親と子』という雑誌に書かれたものです。それは、町の教育委員会主催の小学生の作文コンクール、題は「私のお母さん」に出席された日のことでした。〟

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参考(コメント 蓮華寺『寺しんぶん』
No.262・・・ネット・・・より)
 上はある町の主催で小学生の作文コンクールがあった折、小学5年生の少女が登壇して読んだものです。彼女の作文がコンクールで最優秀賞をとったそうですが、その理由がよくわかるような気がします。私は最初にこれを読んだ時は、あはは、と笑いましたが、二度めに読んだ時は、なんとなく涙がでるような気になりました。なんという素晴らしい家族でしょうか。少女は大きくなったら父のような馬鹿な人と結婚し、母のような馬鹿なお母さんになりたいと言っているのです。これに過ぐる父母への讃歌があるでしょうか。
よほどおめでたい人でない限り、自分は偉いと思っている人はいないでしょう。だが、偉くはないけど、人が10人いたら5、6番めぐらいにはいくのではないかと漠然と思っているのではないでしょうか。だから最低の馬鹿と言われたら腹が立ちます。最低と思ってない証拠です。
愚痴という言葉があります。不満に思ってブツブツ文句を言うことをそのように言っていますが、実はもっと深い意味があるようです。愚痴の痴は「知」に「?」がつきます。「?」は「やまいだれ」といって病気という意味です。知ることは知っているが、その知り方が病気づいているのを痴と言います。あまり偉くはないと知りながら、馬鹿と言われて腹が立つのは、その知りかたが病気づいているからです。我々の知り方というのは、たいていこんな程度のもので、そのことを深く知っておられた方が法然上人です。上人はご自身のことを評して常に、「愚痴の法然房」と申しておりました。
   「おろかなる身こそなかなかうれしけれ
     弥陀の誓いにあうと思えば」
これは念仏をよろこんで死んでいった人(良寛)の歌ですが、なにかシミジミとしたものを感じます。(閑院)

参考2(KF)
 下々の下の下々の下国の涼しさよ  一茶