RE 死刑囚と念仏
  安らかな死を欲求する本能

《例話》
  明治の初めごろ、東京におられた真宗の学僧さんのことですが、ある朝、托鉢に廻っていると、裸馬に後向に乗せられて刑場へひかれる死刑囚に会いました。そのとき、死刑囚の方でも托鉢のお坊さまを見て、彼を引き立てている役人に頼みました。「あのお坊さまに尋ねたいことがあるが許してもらえるだろうか]。役人はそれが本人の最後の願いならばと、彼の頼みを許してやりました。
 そこで死刑囚はお坊さまに向かい、「私は小さいころお寺へ行って説法をを聞いたことがございます。そのときに、いかなる悪人でも仏さまのご慈悲によって救われると言われておりました。私のような死刑になる者でも救われるでしょうか」と尋ねたのです。ところがお坊さまは即座に「それは駄目だ」と、にべもなく答えました。死刑囚はあまりの言葉に絶望して、馬から落ちそうになった。その時、まさに間髪を入れずお坊さまは、こう言ったのです。「しかしお念仏を称えよ。あるは救われるかもしれない」。それは一瞬のやり取りでしたが、それを聞いて死刑囚は「ありがとうございました」と礼をいい、ふたたび馬で引かれていきました。
 その姿を見送っているうちに、お妨さまは、ああは言ったものの気がかりになりました。それで、托鉢をやめて彼のさばかれる刑場へ行ってみました。すると死刑囚は遠くからお坊さまの姿を見つけて「大声でありがとうございました」と言うのでした。さっきの「お念仏を称えよ、救われるかもしれない」との言葉が死刑囚の救いとなったのでしょう。お念仏を称えるのが、光明となって彼め心にしみいったのでしょう。もはや、お念仏を称えることの詮議だてもいらない。全身心をもって最後のお念仏を称えることができるならば、たとえ地嶽へ落ちようとも、救いをいただいて生を終ることができる。それは阿弥陀如来が呼んでくださる一條の白道であって、「地獄の猛火化して清涼の風となる」(『観無量寿経』下品中生)のであります。
 その死刑囚は、死ななければならない。そういう現実の中でお念仏を称えるのですから、地獄の猛火を消すことはできないはずですが、お念仏を称えることによって、安らかな心を得たのではないでしょしうか。

(出典 古川泰龍『「死」は救えるか』)
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参考
●「正法眼蔵 道心」《禅宗でも念仏》          (前略)
またこの生のをはるときは、二つの眼たちまちにくらくなるべし.そのときを、すでに生のをはりとしりて、はげみて南無帰依仏ととなへたてまつるべし。このとき、十方の仏、あはれみをたれさせたまふ。ありて悪趣におもむくべきつみも、転じて天上にむまれ、仏前にうまれて、ほとけををがみたてまつり、仏のとかせたまふのりをきくなり。眼の前にやみのきたらんよりのちは、たゆまずはげみて三帰依となへたてまつること中有までも後生までも、おこたるべからず。かくのごとくして、生々世々をつくし
てとなへたてまつるべし.仏果菩提にいたらんまでも、おこたらざるべし。これ仏菩薩のおこなはせたまふみちなり。これを深く法をさとるとも云ふ、仏道の身にそなはるとも云ふなり。さらにことおもひをまじへざらんとねがふべし。
 (道元はここで臨死患者に称名(念仏)をすすめています。臨死患者に
  とっては、称名こそ只管打坐なのです。)
       (古川泰龍『「死」は救えるか』)