RE 息子に謝る

三重県の高校長の息子、高校二年で非行、警
察の世話になる。父、世間体で悩む。息子に説
教するが、直らず。母、「この子を殺して、私も死
ぬ」とまで。・・・万策つきて山本修司師(愛知県
豊田市聖香園愛の家)を訪ねる。
山本「人間のみが自覚的存在。自覚とは、見え
  るものの背後にどれだけ見えないもののお
  かげがあるか。それに気づかせるのが教育
  の大本ではないかと思う。

   失礼かも知れないがお尋ねします。先生
  のお家は仏教徒ですか」
校長「はい」
山本「ご両親は健在ですか」
校長「死にました」
山本「毎朝お仏壇に詣ってご両親にご挨拶、お
  礼申されていますか」
校長「いや・・・やらなければと思いつつ校長
  職は忙しくて・・・」
山本「ご挨拶の時間もないのですか?」
校長「・・・ 言われてみれば、私の家は農家
  で、私が大学へ行くというので、父母も考
  えた挙句OKし、学資を苦労して送ってく
  れました・・・いわれてみると、身近な恩
  でさえも忘れている私ですまないと思いま
  す」
山本「奥様はいかがですか?」
母親 「古いことですが聞いてくださいますか。
  実は私、主人の所に嫁ぐのが嫌だったので
  す。(校長「お前、そんな話、関係ないよ」)
  好きな青年がいて、一緒になりたかったの
  ですが、親が許さず、泣く泣くこの主人の
  ところに来ました。ところが、義母がきび
  しい人で、一々注意。毎日泣いてきました。
  その中に、『このお母さんが死んだら私は楽
  になれる』と思いました。二年ほどの患い
  で義母が亡くなったとき、人には『もう少
  し長生きをして欲しかった』といいました
  が、心の奥底ではほっとしたんです。・・・
  だから、亡くなった人にお詣りはしていま
  せんでした。
   それが原因で子どもが荒れるんでしょう
  か?!
山本「いや、それが祟りなどという原因だとは
  言いませんが、育てる側が一番大事な世界
  をもっていない。それに気づいていなけれ
  ば、それが子どもに伝わりもしない。子は
  成長しない。それは原因の一つでしょう。
   今自分がここに生きてあることの背後に
  どれだけの父母の祈り、支えがあったこと
  か。これに気づいた若者は自らのいのちを
  賤しめるような行動には走らないでしょう。
  ブレーキがかかりましょう」

 こうして校長夫妻は帰っていった。その数日後
、母親より電話が入った。

母親「先生、うちの子どもが学校に行くように
   なりました!」
山本「どうして?」
母親「先日、家にに帰ってから夫婦が仏壇で泣
  いて詫びました。その足で2階にあがり、
  子どもに『一寸入っていい?』といいます
  と、『また説教か!聞きたくない。出て行
   け!』です。そういう子どもの前に両手を
  ついて泣いて詫びました。
   『こんな至らん親で、自分をお育ていた
  だいた親にすら感謝することを忘れていた
  者が、親顔してあなたを育ててきた。すま
  なかった』と主人。
   私も『許して頂戴』と泣きました。
   息子は呆然と突っ立っていたが、やがて
  ずるずると坐って
   『分かりゃいい、分かりゃいい』という。
  今までは、そんな言葉遣いにも逆上した主
  人が、それは息子の言葉とは思えなかった。
  何か一番大事なことを忘れていた・・・そ
  れに対して亡き両親が『分かりゃいい』と
  言って下さった言葉だと聞きました」

(味わい
 この両親はこれまで、一所懸命、やらなくて
 もよいことに専念して、やらねばならぬこと
 を忘れていたのである。
「世人薄俗にして共に不急の事を諍う」)

(出典 山本修司 NHK 心の時代(ラジオ)
    平成7年11月11日)
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