RE  祈らずとても

 国木田独歩は、肺病で七転八倒の病床に、かつて洗礼を受けた牧師・植村正久を呼び、彼は心の煩悶を訴えました。

「あなたは、かつて初めて私の心を開いてくださった人。今、死を前に、私の心はまた閉ざされてしまった。どうかもう一度、あなたの鍵で私の心を開いてください」

植村牧師は言います。「鍵を持っているのは、私ではありません。神です。祈ることです」

「祈れません。私には、祈ることが出来ません」独歩は、ベッドの上で泣きました。

キリスト教では、最後まで神に祈れ、といいます。さすれば神は天国に救い給う、と。しかし、かの独歩ですら、祈り続けることはできなかったのです。

国木田独歩にとって、神の存在は、祈る、という行為の対象として意味づけられていた。ところが、死を目前にした時、彼はとても祈ることができなかった。祈る心すらない自分だった。その時、彼の中の「神」は消えていった。

「祈らずとても、助くる神なきや」こう言って、彼は息絶えました~

(出典 筆者 書名等)
【キーワード】 キリスト教 祈り 臨終
  祈りと救い 帰命 平生業成 正定聚
  本願招喚の勅命

参考
 国木田独歩
  国木田 独歩(くにきだ どっぽ、1871年8月30日(明治4年7月15日) - 1908年(明治41年)6月23日)は、日本の小説家、詩人、ジャーナリスト、編集者。千葉県銚子生まれ、広島県広島市、山口県育ち。
 幼名を亀吉、のちに哲夫と改名した。筆名は独歩の他、孤島生、鏡面生、鉄斧生、九天生、田舎漢、独歩吟客、独歩生などがある。 田山花袋、柳田國男らと知り合い「独歩吟」を発表。詩、小説を書いたが、次第に小説に専心。「武蔵野」「牛肉と馬鈴薯」などの浪漫的な作品の後、「春の鳥」「竹の木戸」などで自然主義文学の先駆とされる。また現在も続いている雑誌『婦人画報』の創刊者であり、編集者としての手腕も評価されている。夏目漱石は、その短編『巡査』を絶賛した他、芥川龍之介も国木田独歩の作品を高く評価していた。ロシア語などへの翻訳がある。