RE  今はどうじゃ

 江戸時代後期に、三河(名古屋地方)に七三郎という厚信のお同行さんがいました。妙好人として多くの聞法者から敬われていた方です。日頃、香樹院徳龍師に親しくご教示を受けていました。
 その七三郎に次のような逸話が残っています。
 七三郎がいた当時のことです。後生が苦になって熱心に真宗の教を聞くようになった一人のお同行さんがいました。死んでから先自分はどこえ行くのか、死んだら地獄に堕ちるのではなかろうかという心配から、聞法を始めたようです。
 このお同行は後生が苦になって真剣に聞法にこころざし、遠近各地の名師や妙好人を訪ねて聞法していたようです。ある時、七三郎に教えを請うため訪ねていったところ、七三郎はただナムアミダブツ、ナムアミダブツとお念仏ばかりを称えていました。そこでこのお同行も一緒にお念仏を称え続けていました。そうするとそのお同行、こくりこくりと居眠りをはじめました。そばにいた人がこのお同行の居眠りをしている姿を見て「後生が苦になり一大事のおもいで遠方からここまで訪ねてきておりながら、居眠りをするとは」と、その聞法姿勢にたいして批判めいたことを七三郎に語りました。すると七三郎、居眠りをしているお同行を批判するようなことは少しも申されませんでした。ただ「私も昔はそうであった」と話されたのでした。
 さあ七三郎のこの一言が何かの縁で師の香樹院師の耳に入りました。この七三郎さんの「私も昔はそうであった」という言葉を聞かれた香樹院師が、かたわらの人に「七三郎はまだそんなところにいるのか」と仰せられました。
 この香樹院師の言葉がまた伝えられて七三郎の耳に入りました。七三郎は非常に驚き、「七三郎はまだそんなところにいるのか」と師が言われたのはよほど深いわけがあると思い、早速三河から京都におられた師を訪ねました。ところがあいにく師は加賀の国へ出張しておられました。それを聞くや七三郎、すぐその足で加賀まで香樹院師を訪ねて行きました。
 不審が起これば、苦労をいとわずどこまでもお聞かせていただきたいという七三郎の燃えるような聞法の志に心を打たれます。まことに純粋な宗教心は人間の内奧からわき起こるもっとも深くて強い欲求です。財産をつぶしてもこのこと一つを聞き開かずにはおかないという心であり、腕を失い目を失ってもこのことを聞き開かずにはおかない心であり、野宿しても、世界の果てまでも真実を求めて行こうという心であります。釈尊が王子の身分でありながら城を離れ、財産や権力を捨て、家族からも離れて真実を求めた宗教心は、釈尊だけにある心ではなくて、どんな人の心の中にもその一番深いところにあるのです。七三郎さんの聞法の姿勢にこの宗教心の発動を感じます。
 さて、加賀についた七三郎、さっそく香樹院師を宿に訪ねて「七三郎はまだそんなところにいるか、との仰せはどのような思し召しでございましょうか」と申し上げたところ、師は姿勢を正し厳かな声で「七三郎、今はどうじゃ、今はどうじゃ」と仰せられました。これを聞いた七三郎、初めてその思し召しに気がつき、冷や汗を流しておそれ入るばかりでした。そして「後生の大事の気持ちのかからないのは昔のことと思いましたが、今もやはり後生知らずの邪見な者はこの七三郎でございます」と心の底からあやまりはてました。そして「香樹院樣なればこそ、ようこそ私の誤りをお知らせくださりました」と感謝して三河に帰られたとのことです。

 この香樹院師の「今はどうじゃ」の一言は実に厳しい言葉ですが、この言葉によって七三郎は自分が知らず知らず高上がりをしていた我慢・?慢の自分を知らされたのです。貪欲や瞋恚に比べ、?慢や高上がりの煩悩は自覚されにくいものです。
 聞法をしていくと、いつの間にか自分は人の知らぬことを知っており、人のせぬ殊勝なことをしており、人よりも何か値打ちがついたように知らず知らず思ってしまいます。また、長年聞法すると、以前の自分より「仏法者になった」「信心深くなった」「心が純粋になった」「道理が分かるようになった」というおごりたかぶりが生まれます。これが聞法者が一生心しておかねばならない、またいくたびも省みていかねばならぬものであります。
 先人が、「仏法を聞いているといつの間にか仏法が鉄砲になってしまう」と自己批判されました。仏法はどこまでも自己否定の道です。ところが聞法に励んでいくと、いつの間にか学んだ仏法でもって他者の批判をする道具にしてしまうのです。自分を打つ仏法が逆に人を打つ鉄砲になってしまうのです。よくよく気をつけたいことです。
 これについてですが、とかく「自覚が大事である、自覚せよ」と迫る思し召しは、「自分は自覚できた」という信心になりやすく、そうなると他者に対して「汝はまだ自覚が足りぬ。自覚ができていない」と批判することになりかねません。大谷派の同朋会運動の中でこういう傾向が現れたことも事実です。「私は自覚ができました」という信心は、「昔の私はまだ自覚ができていなかったが今は自覚者になった」であり、「あなたはまだ自覚が足りぬ、自覚ができておらぬ」と高みより人を批判しかねません。
 どこまでいっても「私は自覚ができました」とはいえない。「どこまでも自覚もできない、あいもかわらぬ無自覚な私です」という、徹頭徹尾、弥陀に助けられるほかなき身であります。私の方はゼロ、南無阿弥陀仏が全てであります。
        
(出典 『香樹院語録からの抜粋』
http://www.geocities.co.jp/suzakicojp/koujuin.html)
【キーワード】聞きづのり 聞法?慢 
得たりと思うは得ぬなり 自覚できぬ我
「浄土真宗に帰すれども真実の心はありがたし」
「機無円成回施」

参考
【同じ語録で】
 江州醒ケ井みそすり屋にて。
師曰く。「婆々、そのままの御助けぢゃぞや。」
婆々曰く。「ありがとうござります。いよいよこのままの御助けでござりますか。」
師曰く。「いやそうでない。そのままの御助けぢゃ。仰せを持ち替えるなよ。」