RE ほうずき地蔵

紙芝居 梗概
 地蔵祭のとき、ろーそくの火が,着ていてゆかたに燃え移り、小学一年の女の子愛ちゃんがなくなった。そのおどろきと悲しみのなか、日曜学校の先生が3つの弔句をよみ、愛ちゃんはお浄土で仏の子となっているという。やがて愛ちゃんのために地蔵堂が作られ、家族もよく仏さまにおまいりする。愛ちゃんは本当に仏の子
となったのである。
幼いものにも死があること、仏の子となるこ  との大切さを劇的に訴える一篇。インパクト が強い。

☆賜わりしいのちいっぱい法師蝉
☆鬼灯やみ掌につつまれ仏の子
☆弥陀浄土清らに小さき蓮ひらく
                 愚石

(出典 『ほうずき地蔵』(紙芝居)藤枝宏壽著   (永田文昌堂)(平成一四年)
【キーワード】無常 日曜学校 仏縁 浄土
       事故 地蔵盆 ゆかた

【参考】紙芝居(ことば)
紙芝居  「ほおずき地蔵(じぞう)」

① (画)地蔵…堂内、前に机、お供え、女の子どもたち(ゆかた姿)

 「あれはもう三十年(ねん)も前(まえ)のことだったかなぁ。忘(わす)れられない話(はなし)がある  ので聞(き)いておくれ」…こう語(かた)るのは越前(えちぜん)の山内村(やまうちむら)のお年寄(としよ)りです。

   それは七月(しちがつ)二十四日(にじゅうよっか)、地蔵(じぞう)盆(ぼん)の日(ひ)のことだった。
 「チーン、チーン」とりんが鳴(な)っている。
「お地蔵(じぞう)さんに まいっとくれ」
 「おだんご買(か)って あげとくれ」
    女の子(おんなのこ)たちが集(あつ)まって、大(おお)きな声(こえ)で呼び合(よびあ)っている声(こえ)が聞(き)こえま    す。ここ古(ふる)い尼寺(あまでら)の跡(あと)には「女(おんな)地蔵(じぞう)」さんがおられ、女の子(おんなのこ)たちでおもりをすることになっているのです。今日(きょう)はみんなゆかたを着(き)る日(ひ)なので、おおよろこび。たのしそうにお地蔵(じぞう)さんのお祭(まつ)りをしています。

② (画)地蔵堂の前に五、六段の石段。その段の右端にローソクがともっている。

  一年生(いちねんせい)の愛(あい)ちゃんと妹(いもうと)の優(ゆう)ちゃん姉妹(きょうだい)も、あさがお模様(もよう)のゆかたを着(き)せてもらい、他(た)の女の子(おんなのこ)たちといっしょにお地蔵(じぞう)さんのお世話(せわ)をしていました。
  「あぁ、もう薄暗(うすぐら)くなってきたよ。ローソクに灯(ひ)をつけよう」
 五(ご)、六年生(ろくねんせい)が石段(いしだん)の横(よこ)にローソクをともしていきました。
  「わぁ、きれいだね」
  「これで、石段(いしだん)も明(あか)るく照(て)らされて登(のぼ)りやすいね」
    愛(あい)ちゃんも、優(ゆう)ちゃんも顔(かお)を見合(みあ)わせて、にっこりしました。

③ (画)一番上の石段のローソクが消えているー下の段からそれに手を伸ばし  ているゆかた姿の愛ちゃん(足元は描かない)

  ところがそのとき風(かぜ)がふいて、ローソクの炎(ほのお)がちらちらゆれました。そして、一本(いっぽん)のローソクの火(ひ)がきえてしまいした。  
「あらっ、あのローソク消(き)えたわ」
    石段(いしだん)の下(した)で見(み)ていた愛(あい)ちゃんがいいました。
  「火(ひ)をつけてあげよう」
 そういいながら、石段(いしだん)をのぼって消(き)えたローソクの方(ほう)に手(て)をのばしました。
その時(とき)です。(サッと抜(ぬ)く)

④ (画)女の子のゆかたの裾が、足元の石段の端にたっているローソクの灯にふれ、火が燃え移っているところ。

 愛(あい)ちゃんの着(き)ているゆかたのすそが、下(した)の石段(いしだん)に立(た)っていたローソクの火(ひ)にふれたのです。
「プス・プス」
火(ひ)がゆかたにちょろちょろと燃(も)え移(うつ)りました。 
 でも愛(あい)ちゃんは気(き)づいていません。

  「あっ、あつい!」

 気(き)がついたときには火(ひ)がパーッと炎(ほのお)となって燃え上(もえあ)がっていました。
  「キャーッ、助(すけ)けてー!」
 愛(あい)ちゃんの悲鳴(ひめい)に、子(こ)どもたちが飛(と)んできて、火(ひ)を消(け)そうとしました。
でも女(おんな)の子(こ)たちだけではどうすることもできません。

⑤ (画) 救急車、まわりにバケツをもった男たち、手を合わせて見送る子どもたち

  「どうした」
  「どけ、どけ」
 この騒(さわ)ぎを聞(き)きつけた大人(おとな)たちがとんで来(き)て、どうにか火(ひ)を消(け)しました。
けれども、愛(あい)ちゃんは気(き)を失(うしな)ってぐったりしています。
  「おい、水(みず)だ」
  「救急車(きゅうきゅうしゃ)だ」
 近(ちか)くの家(いえ)に飛(と)んでいって一一九番(ばん)に電話(でんわ)するもの、冷(つめ)たい水(みず)を汲(く)んでくるもの、みんな必死(ひっし)になって愛(あい)ちゃんを介抱(かいほう)します。やがて救急車(きゅうきゅうしゃ)がやってきました。
  「愛(あい)ちゃん、がんばって!」
「愛(あい)ちゃん、無事(ぶじ)でね!」
 妹(いもうと)の優(ゆう)ちゃんやお友達(ともだち)は、泣(な)きながら、手(て)を合(あ)わせて救急車(きゅうきゅうしゃ)を見送(みおく)りました。

⑥ (画) ほうたいでぐるぐる巻きの愛ちゃん、そばで見守る父母、優ちゃん

病院(びょういん)では、お医者(いしゃ)さんも看護婦(かんごふ)(看護(かんご)士(し))さんも一所懸命(いっしょけんめい)に手当(てあ)てをしましたが、 愛(あい)ちゃんのやけどはとてもひどかったのです。
「愛(あい)ちゃん、がんばれよ! 父(とう)さんがついているぞ」
「愛(あい)ちゃん、ちょっとでも目(め)をあけてちょうだい。お母(かあ)ちゃんよ」
こうして家族(かぞく)も祈(いの)るおもいで呼(よ)びかましたが、二日(ふつか)後(ご)とうとう愛(あい)ちゃんの息(いき)はとまってしまいました。
「愛(あい)ちゃん! 死(し)んじゃだめ」
妹(いもうと)の優(ゆう)ちゃんも愛(あい)ちゃんの手(て)を握(にぎ)って、大(おお)きな声(こえ)で名(な)を呼(よ)びました。でも、愛(あい)ちゃんは応(こた)えません。
 ああ、なんと悲(かな)しいことでしょう。なんと可哀(かわい)そうなことでしょう。

⑦ (画) お通夜の祭壇に愛ちゃんの写真…その前で日曜学校の先生(坊さん)と    生徒7―8人(青(男)と赤(女)の輪袈裟をかけている)がまいっている。

悲(かな)しいお通夜(つや)になりました。愛(あい)ちゃんのお友達(ともだち)、村(むら)の人々(ひとびと)、親戚(しんせき)…おおぜいの人(にん)がおまいりにきました。
愛(あい)ちゃんの写真(しゃしん)をみてみんな涙(なみだ)をながしました。
「ひかりといのち きわみなき
 阿弥陀(あみだ)ほとけを あおがなん」
と、愛(あい)ちゃんの通(とお)っていた日曜(にちよう)学校(がっこう)の生徒(せいと)たちもきておつとめをしました。
 愛(あい)ちゃんのお父(とう)さん・お母(かあ)さんの涙(なみだ)はとまりません。
 お祖父(じい)ちゃん、お祖母(ばあ)ちゃんもうちしおれています。

⑧ (画) 木の幹にとまっている蝉 下に法句(短冊にして)

おつとめがおわりました。日曜(にちよう)学校(がっこう)の先生(せんせい)も涙声(なみだごえ)になって、おとむらいの俳句(はいく)を三(みっ)つよみ、お話(おはなし)をしました。
「たどり来(き)し いのちいっぱい     法師(ほうし)蝉(せみ)」
蝉(せみ)は何年(なんねん)も地面(じめん)の中(なか)にいます。やっと穴(あな)から地上(ちじょう)にたどりついて飛(と)び回(まわ)り、蝉(せみ)の歌(うた)をうたいつづけますが、七日(なぬか)ほどで死(し)んでいきます。やっとこの世(よ)に出(で)てきたのに。ほんとうに短(みじか)いいのちですね。でも蝉(せみ)は自分(じぶん)のいのちいっぱいを生(い)きぬいたのです。

⑨ (画) ほおずきを半ば開いて、中に丸い実がみえる 下に法句(短冊にして)

「ほおずきや み掌(てのひら)につつまれ 仏(ほとけ)   の子(こ)」
今(いま)ちょうどほおずきの赤(あか)くなるころです。ほおずきの中(なか)には小(ちい)さい丸(まる)い実(み)がちょこんとついていますね。ほおずきのからにつつまれているようです。愛(あい)ちゃんは日曜(にちよう)学校(がっこう)にきて仏(ほとけ)の子(こ)となっていました。仏(ほとけ)さまのみ掌(て)につつまれた仏(ほとけ)の子(こ)なのです。

⑩ (画) 浄土の池に浮かぶ蓮の華の中に小さな仏の子が生まれている。
    下に法句(短冊にして)

   ですから
 「弥陀浄土(じょうど) 清(きよ)らに小(ちい)さき 蓮(はす)ひらく」
今(いま)は仏(ほとけ)さまの国(くに)に生(う)まれているのです。
 小(ちい)さな蓮(はす)の華(はな)が開(ひら)いてそこに愛(あい)ちゃんは仏(ほとけ)さまとなって生(う)まれているのです。
さあみなさん、仏(ほとけ)さまの国(くに)の愛(あい)ちゃんに合掌(がっしょう)して
   「なむあみだぶつ」とお念仏(ねんぶつ)をとなえましょう。
  日曜(にちよう)学校(がっこう)の先生(せんせい)のお話(おはなし)をきいて、みんなうなづきました。
そして、手(て)を合(あ)わせ、お念仏(ねんぶつ)をとなえました。愛(あい)ちゃんの好(す)きだった祥(しょう)兄(にい)ちゃんもげんこつで涙(なみだ)をふいて合掌(がっしょう)し、日曜(にちよう)学校(がっこう)の先生(せんせい)の顔(かお)をみました。


⑪ (画) 新しい地蔵堂…花・ほおずきが供えられている。句碑もみえる

お葬式(そうしき)がすんで何(なん)ヶ月(かげつ)かたちました。
 「地蔵(じぞう)まつりのローソクの火(ひ)で亡(な)くな  ったあの愛(あい)ちゃんのことが忘れら(わす)れ  ないのう、可哀(かわい)そうでしかたがない。
   どうじゃろう、みんなで愛(あい)ちゃん  の地蔵(じぞう)さんを造(つく)ろうではないか」
 だれ言(い)うとなく山内村(やまうちむら)の人(ひと)たちが言い出(いいだ)しました。
 そして次(つぎ)の年(ねん)の夏(なつ)には、女(おんな)地蔵(じぞう)さんの隣(となり)に、可愛(かわい)いらしい地蔵(じぞう)さんがたてられました。
 「じゃ、わしはお堂(おどう)を造(つく)ろう」
 愛(あい)ちゃんのお祖父(じい)ちゃんもがんばりました。
「ほおずきや み掌(てのひら)につつまれ 仏(ほとけ)の子(こ)」の句(く)も書(か)かれ、お花(はな)といっしょにほおずきが供(そな)えられました。
 こうして、愛(あい)ちゃんはほおずき地蔵(じぞう)さんとなって、今(いま)も人々(ひとびと)を仏(ほとけ)さまの教(おし)えに導(みちび)いています。

⑫ (画) 仏壇におまいりしている父母、優ちゃん、祥兄ちゃん、祖父母

それだけではありません。愛(あい)ちゃんのお父(とう)さん、お母(かあ)さんも、家族(かぞく)も、それからますます熱心(ねっしん)に仏(ほとけ)さまのお話(おはなし)を聞(き)き、お念仏(ねんぶつ)するようになりました。
 「なんまんだぶを称(たた)えると、いつも愛(あい)  とあえるようだな」
とお父(とう)さんは思(おも)いました。
 「念仏(ねんぶつ)の尊(とうと)さ 亡(な)き娘(こ)に 教(おし)えられ」
とお母(かあ)さんも法(ほう)句(く)をよみました。
 妹(いもうと)の優(ゆう)ちゃんも休(やす)まず日曜(にちよう)学校(がっこう)に通(かよ)いました。
   
このようにして、お浄土(じょうど)に生(う)まれた愛(あい)ちゃんは、今もみんなの心(こころ)の中(なか)で生(い)きつづけています。
本当(ほんとう)の仏(ほとけ)の子(こ)になったのでした。
                             (おわり)