RE  愛と慈悲

福井県大野の山村に生れた少年は、父が亡くなったので貧しい家計を助けるために母の手で永平寺の小僧として入寺させられた。家を出る日、母は村はずれまで少年を見送りにきた。自分に甲斐性がないために子供を口べらしのために出さねばならないと思えば、母は胸がつまってものが言えない。
 「お母さん、行ってきます」
と少年が言った。なにか励ましの言葉を言わねばと思っても、言葉が見出せない。そんな母に少年が言った。
 「お母さん、必ず立派な坊さんになって帰ってくるからね」
この時、母は初めて口を開いた。
 「立派なお坊さんになったら別に帰ってこなくていいよ。誰でもお前の世話をしてくれる。しかしお前が大きな失敗をして誰からも相手にされなくなったり、また病気をしたりしてお寺に居られぬようになったら、いつでも帰っておいで。母ちゃんは、いつでも待っているからな」
この少年は師匠から北野玄峰という名を与えられ、後に永平寺の名管長として多くの人から仰がれる人になった。老師はのちのち、あの別れ時に母が言ってくれた言葉が、自分の一生の支えになったと述懐しておられる。

 慈悲と愛。よく似た言葉ですが、仏教では似て非なるものとして厳しく区別します。愛とは、どこかに取り引きを期待する心があるもの。一方、慈悲とはそれが全くないもの。男女が愛しあって結婚するには、相手も自分を愛してくれるからとか、美人であるからとか、健康であるからとか、知らず知らずのうちに条件がつけられており、それが満足させられるから愛が成立し結婚に至るのです。即ち、取り引きが成立するから、結婚に至るのです。

  落ちぶれて袖に涙のかかるとき
  人の心の奥ぞ知らるる

と古歌にありますが、その人が勢いのいい時には門前市をなすが、落ちぶれたら閑古鳥が鳴くようになる。これが愛の姿です。
一方、慈悲の「慈」は川の水の流れのように一方的に流れるばかりのものを表し、「悲」は、なんともならぬものをなんとかしてやりたいという親心を表します。
少年の母は、失敗したり病気したりした時には私のもとは帰っておいでと言いました。それは一方的に流れるばかりで、取り引きの心が全くないから出た言葉です。「仏心」とは、まさにそんな心を言うのでしょう。親心は仏心によく似ているのですが、しかし、決定的なところが一つだけちがいます。仏心には自他を区別する心はないが、親心はそれを離れられぬということです。

  我子なりやこそ叱りもするが
  あわれ他人はうしろ指

これが人間の限界です。そこに仏を敬うことを忘れてはならない理由があるのです。

(出典 http://www.rengeji.org/ab/sinbun257.htm  蓮華寺 寺しんぶん No.257)
【キーワード】 北野玄峰 永平寺 母 慈愛
        零落の時こそ