KB  四摂法

四摂法(ししょうぼう)とは、仏や菩薩等が、衆生を導くための手段、方法のこと。仏や菩薩が、苦海に居る衆生をいかに救済せんとして思惟し、心血を注いで化導する4つの方法である。四摂事(ししょうじ)、四恩(しおん)とも謂う。仁王経中等に説かれる。

布施(ふせ)
相手の好む物、財物や法を施して(真理を教えて)親愛を感じせしめ、仏道に引き入れること。
愛語(あいご)
相手に物腰の柔らかい言葉をかけて親愛を感じせしめ、仏道に引き入れること。
 「愛語に回天の力あり」参照

利行(りぎょう)
相手に身・口・意(行い・言語・意念)の善行をもって利益し親愛を感じせしめ、仏道に引き入れること。

同事(どうじ)
相手の機根(法を聞き、受け入れられる機会や根性)に随い、その所行によって同化し、仏道に引き入れること。相手と同じ立場に身を置くこと。同時とも書く。


(出典 フリー百科事典『ウィキペディア;仏教語大辞典)

対人の四法
 人びとをひきつけ、救うための四つの徳、行為を「四攝法(ししょうぼう)」という。

布施 物でも心でも施し与える。
愛語 やさしい言葉をかける。
利行 ためになることをする。
同事 心を一にして協調する。

 東京銀座四丁目、円筒形の「三愛ビル」の建っているあたりは地価日本一である。その土地がまるでタダ同然の価格で、今亡き市村清さんの手に入った。
──終戦後間もない頃、市村さんはこの土地を入手するため奔走したが、地主は皇后様の足袋も造ったという足袋屋の老舗で、老未亡人が頑として聞き入れない。
 ある大雪の日、こんな日にお願いに行ったら誠意も通ずるかと思い、市村さんは出かけた。が、娘が出て来て、
「母は売らないと言っています」
と、門前払いだった。

 翌日、老未亡人は、昨日折角来てくれたのに会いもしないで追いかえしたことに気がとがめ、
「そうだ、今日はこちらから出向いて、きっぱりお断りしよう」
と、雪の中を出かけた。市村さんの会社に着くと、愛想よく迎えた受付嬢が、
「この大雪の中、たいへんだったでしょう」
と言葉をかけ(愛語)、着物の裾の雪を払ってあげ(利行)、自分のはいていたあたたかいスリッパを脱いではかせ(布施)、抱きかかえるようにして(同事)二階の社長室に案内した。
老未亡人は市村さんの顔を見るなり、
「社長さん、このスリッパを見てください」
と言ったが、もう涙声だった。
「社長さん、土地はお譲りしましょう。こんなりっぱなお嬢さんのいる会社は、きっとりっぱな仕事をなさる会社でしょう。私は社長さんを見込んで、土地を譲るのですからお金はいりません」
と。
 困ったのは市村さん。そうだ、相手の誠意には、こちらもそれに倍する誠意を以ってこたえるべきだと考え、鑑定人に鑑定させ、それに二割プラスしてようやく受け取ってもらったという。

布施
「布施というは貧らざるなり。我物に非ざれども布施を障えざる道理あり、其物の軽きを嫌わず其功の実なるべきなり・・・但彼が報酬を貧らず、自らが力を頒つなり」

愛語
「先ず慈愛の心を発し、顧愛の言語を施すなり・・・怨敵を降伏し、君子を和睦ならしむること愛語を根本とするなり。面いて愛語を聞くは面を喜ばしめ、心を楽しくす。面わずして愛語を聞くは肝に銘じ魂に銘ず。愛語よく廻天の力あることを学すべきなり」

利行
「利益の善功を廻らすなり・・・愚人謂わくは利他を先とせば自らが利省れぬべしと。爾には非ざるなり、利行は一法なり、普く自他を利するなり」

同事
「自にも不違なり、他にも不違なり・・・他をして自に同ぜしめて後に自をして他に同ぜしむる道理あるべし。自他は時に随うて無窮なり。海の水を辞せざるは同事なり。この故に能く水聚まりて海となるなり」

(『修証義』第四章)

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四摂法・または四摂事:
 言語の直訳は「四つの把握法」。仏教を実践する人々を誘いつけるために具えるべき四種の美点。社会生活上、欠くことのできない四つの徳。布施=気前よさ、愛語=好意、利行=協力、同時=奉仕

(出典 「佐藤俊明のちょっといい話」 ネット)
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