KB 常楽我浄

涅槃の四徳として「常・楽・我・浄」が多くの経典で出てくる(教行信証でも真仏土巻に1回、化身土巻に2回、いずれも涅槃経から引用されている)が、その「我」とは、凡夫の「我執」の我ではない。
 そこで「涅槃の四徳」と「四顛倒」という対比が生じるが、誤解しやすい。以下、その解説を試みる。

『浄土真宗聖典 第二版』の「四顚倒」と「涅槃の四徳」について
越前市押田 真宗出雲路派
了慶寺 藤 枝 宏 壽  

1)『浄土真宗聖典(註釈版)第二版』
(1487頁)の巻末註について
てんどう (四顚倒)の項の表記には問題があるようです。下線部のように直すべきではないでしょうか?

原文: 道理に背く四つの見解。すなわち凡夫が無常・苦・無我・不浄のこの世を常・楽・我・浄と思い誤ること。これを有為の四顚倒という。
また、声聞・縁覚が常・楽・我・浄の無為涅槃の法を無常・無楽・無我・不浄であると思い誤ること。これを無為の四顚倒という。

修正: 道理に背く四つの見解。すなわち凡夫が、この世は本来、無常・苦・無我・不浄であるのを常・楽・我・浄と思い誤ること。これを有為の四顚倒という。
また、声聞・縁覚が常・楽・我・浄の無為涅槃の法(涅槃の「四徳」)を無常・無楽・無我・不浄であると思い誤ること。これを無為の四顚倒という。(補注参照)」

修正の理由:「本来…である」がはいると、文頭の「道理」から言って…の意味が明らかになる。しかも「思い誤る」のは「この世を」ではなく、「この世の道理を」思い誤るのであるから、下線部のように、「この世は」を前に置くのがよい。さもないと、原文のままでは「無我の…この世」と続き、この世の実態(「人は現に皆我執に走っている」)とは逆ではなかという疑義を生む。微妙な修辞法の差である。
「涅槃の四徳」「補注参照」を挿入するのは、常楽我浄の意味に時代差があることを明示する必要があるからである。さもないと、有為の四顚倒の常楽我浄と、無為涅槃の四徳の常楽我浄とが、同一視される危険性がある。

2)新たに設けてほしい「補注」
 補注: 「常楽我浄」(「我」の意味)の変遷 
  「常楽我浄」は仏教用語として多用されている(大正大蔵経中1583回使用)が、その味、特に「我」については、初期仏教時代から大乗仏教(特に涅 槃経)になると大きく変遷してきている。

I)釈尊在世時代・原始仏教から部派仏教時代にかけて:
 A)仏教で観るこの世の真相は「無常・苦・無我・不浄」であった。
①この世は無常である(諸行無常・常なるものはない)
②この世は苦である(一切皆苦)
③あらゆるものに*常一主宰的な我は無い(諸法無我)
④身心は不浄である(肉体・煩悩は不浄である)
(*注 「常一主宰」について:インドでは仏教以前の古代から、人や物には、永遠に存続し(常)、自主独立して存在し(一)、中心的な所有主として(主)、すべてを支配する(宰)ような我(アートマン)が実体的に存在すると考えられていた。しかし、仏教では、その存在を無記とし、乃至は否定して無我説をたてた。)

それに対して
 B)凡夫は顚倒した(誤った)見解(常・楽・我・浄)をもった。
①’この世、自己はこのまま続く(常である)
②’この世は楽である(現在の楽に酔うている)
③’我という変わらない自己主体がある(我に執着している)
④’わが身心は汚濁されていない(浄である・煩悩もない)
 これは「有為の四顚倒」といわれる。その意味は、凡夫が「有為(迷い)の世界における四つの真相に逆らい、顚倒した誤った見解」をもつということである。<「有為の四顚倒」とは、後述(D)「無為の四顚倒」が生じた後、対比してつけられた名称であろう。>  

Ⅱ)大乗仏教・特に『大乗涅槃経』において:
  ア)原始仏教から涅槃経へ
    原始仏教の無我説(A)は、大乗仏教においては、般若系統の空思想の根本となり、「人空(にんくう)」(人間の自己の中の実体として自我などはないとする立場)と「法空     (ほうくう)」(存在するものは、すべて因縁によって生じたのであるから、実体としての自我はないとする立場)が説かれた。縁起・無自性・空の思想である。しかし、空病・     悪取空(あくしゆくう)(虚無的な空観)や但空(たんくう)(空のみにとらわれ不空をみない)は偏見であるとし、真空妙有(しんくうみょうう)(一切を空であるとして否定したとき     、現実のもろもろの事物は肯定されて妙有となること)の思想に展開し、その妙有思想からやがて如来蔵思想(すべての衆生の煩悩の中に覆われ蔵されている、本来清    らかな如来法身があるという思想)が生まれ、涅槃経に至って仏身常住・悉有仏性の説となっていった。
      大般涅槃経(四十巻・北本)では、まず仏陀の涅槃(入滅)の光景から入るが、本論では「仏身常住」(悟りを開いた仏の身体は法として永遠に存在する)と「悉有仏性」     (すべての人間は仏となりうる可能性を有している)を強調している。それまで「涅槃」は聖者の死(無常)を意味していたが、今や煩悩から解脱し、悟りの智慧を得られた    仏陀は、法身として永遠に生き続ける「常住」を特性とすることになったのである。そこに涅槃の四徳として新たな「常・楽・我・浄」が説かれる。

  C) 涅槃の四徳としての常・楽・我・浄
   ➊ 法身は無為常住の法である(常)
   ❷ 涅槃は苦のない楽の境地である(楽)
   ❸ 法身仏は何ものにも束縛されない大我である(我)
   ❹ 法身は清浄で穢れのないものである(浄)

   仏身常住に基づくこの涅槃四徳の「常・楽・我・浄」は、原始仏教の道理・世の真相(A)としての「諸行無常・一切皆苦(無楽)、諸法無我、身心(煩悩)不浄」の反対概念であり、涅槃経においてその矛楯の会通が論じられている。

イ)涅槃経における(A)「無我」と(C)「大我」との矛盾会通(えつう)のための
   「客医乳薬」の譬え

   「仏陀は先に無我を修して涅槃に入ると説かれてきたのに、涅槃経に至って『如来は(大)我なり』と宣せられたことは不可解だ。この矛盾をどう会通(解釈)すべきか」が問    題となる。そこで「客医乳薬」の譬えが説かれた。
      〝ある愚鈍な国王に一人の藪医者(旧医)が仕えている。「藪」だからどんな病気にも乳薬を処方している。そこへ一人の客医がきて、王に会う。王は比較して旧医の      劣っていることを知り、追放し、客医を重く用いる。客医は王に進言して国内に乳薬を禁じてもらい、以後適薬を調剤し好評である。ところがその後、王自らが病になり       重態に陥ったとき、客医はにわかに乳薬の服用を勧める。王は「お前狂ったのか、騙したのか。乳薬がよいなら、旧医の方が勝る」と驚き、怒る。客医は落ち着いて答      える。「木の皮を虫が食べて字のようになっても、虫はその字を知らないし、智者が見ても、この虫はよく字を知っているとはいわない。旧医は諸病の別を知らずに乳薬      ばかり処方したのは、虫がたまたま字を喰い作ったようなもの。真に乳薬・成分の良否を知ってのことではない。乳薬にも害毒となるものもあれば甘露の妙薬となるも       のもある。乳薬なら何でもよいというのは危険である」と。王はKの大医であることを知り、乳薬禁止のおふれを廃止し、自ら服用し、病が癒えた〟という。(大般涅槃経      寿命品第一の二)

    今この譬喩で、乳薬というのは我(アートマン)に、旧医は外道(バラモン教など仏教以外のインド思想)に、客医は仏陀になぞらえたものである。つまり外道・バラモン教は     、「身体の中には、創造主ブラフマン(梵)の分身(アートマン)が(拇指か芥子のように)実在する。それを自覚 すれば解脱への道を得られる」と教えたのを、乳薬は万     病に効くという藪医者の治療に譬えた。
       これに対して、仏陀は「体内のアートマンがすべての悩みや苦しみを 解決するのではなく、悩みや苦しみの根源を知り、その原因を取り除くことが解決の方法である。     アートマン(我)を信じてはならない」と説 いた。これを「乳薬を飲んではならない」という当初の客医の治療に譬えた。
     ところが、譬喩の最後で国王の病には乳薬が効くと客医が告げた。今 までと逆である。仏陀はこれまで一切の事象にはアートマン(我)は内 在しない(諸法無我)と説い   ていたのに、今度は、否定したはずの「我」 を信ぜよと告げたことになる、どうしてか? 
     仏陀はこう言われる:「外道の説く我とは、虫が木を食べて字になった ようなもので、無意味である。だから無我と教えた。衆生の自覚を育て、時機を待つためであった。   しかし今、(涅槃に入るという)因縁によって、 真実の我を説くのである。客医が、乳薬が毒薬ともなり、甘露の妙薬と もなることを知っていたのと同じである。如来もこれと    同じ:衆生の救 いのために、あらゆる存在の中に真実に我(仏性)があると説くのである。」(大般涅槃経 寿命品第一の二 最後部分の取意)

   こうして大乗の涅槃経で涅槃の四徳として説かれた「(常・楽)我(浄)」の「我」は、沙羅樹の下で滅していく仏陀の肉身ではなく、大我・真我としての法身である。つまり、こ   れまで仏陀を仏陀たらしめたのは煩悩 を「解脱」し、さとりの「智慧」を得ておられた「法身」であられたか らであり、その法身のまま今は無常(生死)を超えた常住の存在に   なられ、自由自在に法を説き衆生を救う「はたらき」になっておられるから 「大我」なのである。(「我」の「常一主宰」性が今は法身としての特性になっているのであると考え   られよう。)
 したがって、

   上記(B)有為の顚倒の③’「我」と(C)涅槃の四徳の❸「我」とは全く違う概念であることは明白である。

ウ)無為の四顚倒
   こうして仏身常住(悉有仏性)思想が大乗教にひろく伝播されるようになり、無為法身の四徳「常楽我浄」が大乗の諸経に多出するが、声聞・縁覚(小乗)は、その真意を理  解できず、次のように解釈した。

 D)「無為の四顚倒」
  声聞や縁覚は、有為の顚倒には陥らず、上記の(A)「仏教で観る真相」(①無常 ②苦 ③無我 ④不浄)については正しい見解を持っているが、その段階に固執して、上記  の大乗の無為涅槃の四徳(常・楽・我・浄)を理解できず、①~④の無常・不楽(苦)・無我・不浄のことであると思い誤る。これを「無為の四顚倒」という。
  涅槃の四徳      無為の四顚倒(=有為世界の真相)
      ➊ 常   →    無常
      ❷ 楽    →    無楽(苦)
      ❸ 我   →    無我
       ❹ 浄   →    不浄

   「無為の四顚倒」とは、端的には「無為の四徳を顚倒した」ということ。大乗無為涅槃の四徳の了解に達しない小乗の声聞・縁覚らが、その四徳の文字を逆に(顚倒)して、    自らが固執している小乗の教え「無常・無楽(苦)・無我・不浄」のことだと誤解したことをいう。

§おわりに
   今回学びえたことは、インドのアートマン(我)の思想の深さ・広さである。
     ウパニシャッド以来インドには、の大衆は、一人一人の個人の体内にはブラフマン(梵)の分身であるアートマン(我)が(親指か芥子のような形で)実在し、個人を動かし、   やがて輪廻して行くという思想がしみ込んでいたようである。
    それに対して仏陀はそういう実体的アートマン(我)の有無は論じられなかった(無記)が、やがてアートマン(我)でないものをアートマン(我)と認めてはならないという「無   我」説となる。それが「諸法無我」という原始仏教の精神であった。
    ところが、仏陀が八〇歳で涅槃(入寂)となると、仏弟子も鳥獣までも嘆き悲 しむ。遺骨を分配したあと、仏弟子らは「涅槃」の意味を考える。当初は仏陀の 肉身が滅び   ることが涅槃(ニルワーナ=火の滅すること)だと思っていたが、今まで皆に法を説いてこられた仏陀の姿はなくても、説かれた法は残っている。尊師仏陀は今や法の身とし   て常住なのだ。涅槃に入られたということは、その法身が今もましまして(常住)、衆生のために自由自在に法を説くことができる大我の存在となっておられるのだ、という法   身常住思想が当然のように醸成されていたのである。。
    思うに、こういう涅槃の大我・真我の思想にも、悉有仏性論にも、大きな意味でインドのアートマン(我)思想が流れてきているようだ。そして肯定(元の民族信仰)<正>   、否定(初期仏教の無我説)<反>、絶対肯定(涅槃の大我)<合>という弁証法的展開を見せたのではないかと思われる。

    インドはともあれ、その常楽我浄の大涅槃こそ、我々浄土真宗においても重要な概念である。教行信証だけで「涅槃」の語は158回使用されており、その中3回は正信偈  に出ている。「常楽我浄」も教行信証の真仏土、化身土両巻に 涅槃経の引用として3回出てくる。正信偈の「即証法性之常楽」も同趣。歎異抄にいう「本願を信じ念仏を申さ  ば仏に成る」とは、まず「等覚を成り・大涅 槃を証すること」であり、涅槃の四徳「常楽我浄」の具わった如来と同体のさとりを得させていただくことである。「煩悩を断ぜずして  涅槃を得」させてくださるのは弥陀の誓願不思議。「惑染の凡夫信心発すれば、生死すなわち涅槃なりと証知せしむ」とは現生正定聚の喜び。「如来すなはち涅槃なり 涅槃  を仏性と なづけたり 凡地にしてはさとられず 安養にいたりて証すべし」(浄土和讃)はまさに涅槃経の意。「無始流転の苦をすてて 無上涅槃を期すること 如来二種の回  向の 恩徳まことに謝しがたし」(正像末和讃)に至っては、真宗門徒の最大の喜び、報恩念仏の極まりである。
    こうして、宗祖が重んじられた涅槃の境地を偲ぶとき、今我が身の生きざまに、凡夫有為の四顚倒がないかを厳しく省み、その凡愚のまま、煩悩あるまま涅槃の世界へと   お導きくださる弥陀の誓願不思議を憶念し、ただ唯念仏させてただくばかりである。
    今回の思わぬ問いかけのご縁と、諸先生から直接・間接の御指導をいただい たことに篤く御礼申し上げる次第である。