KB 仏の三不能

「仏は一切のことにみな自在を得玉へりといへども、
その中に三不能といえることあり。一には無縁の衆
生を度することあたわず。二には衆生界をつくすこと
あたわず。三には定業を転ずる事あたはず。定業と
は前世の善悪の業因によりて、感得したる善悪の業
報なり。これは仏菩薩のちからも転ずる事かなわず。
これらはみな前世の業因にこたへたる定業なり」
(『夢中問答』)


大正新脩大蔵経 51巻
景徳傳燈録卷第2四
          佛能空一切相成萬
T2076_.51.0233c19: 法智。而不能即滅定業。佛
          能知群有性窮億
T2076_.51.0233c20: 劫事。而不能化導無縁。佛
          能度無量有情。而
T2076_.51.0233c21: 不能盡衆生界。是謂三不能
          也。
        
(注 景徳伝灯録、全30巻は、中国・北宋代に
   道原によって編纂された禅宗を代表する
   燈史である。)

解説(池田勇諦)
1)定業を滅すること能わず
   定業とは因縁によって生起したもの
       業道の必然性である
       人生の厳粛なる事実である
       わが思い通りにしようとしても不可
2)無縁を度すること能わず
   縁なき衆生は度しがたし
    ☆「一人前の顔をしているお前こそ無
     宿善の機だ」(蓮如)
3)衆生海を尽くすこと能わず
   衆生多少力不思議
いのちの連なり=連続無窮=衆生無辺
   仏の救済は永遠に続く
★「仏でも不可能の三事がある」のではなく
 「不可能を不可能と悟ったのが仏」である    
備考 「我欲手伝う仏いまさず」を参照

(出典 池田勇諦「聞法は聞己」
   17年度毫摂寺夏期講習会法話より
  経文は藤枝宏壽の調査、補充)
【キーワード】仏 不能 定業 無縁 衆生海
    必然 業道 

参考 【仏教大辞彙】
サンフノウ 三不能 仏力も亦及ぶ能はざる三
  事。(以下景徳伝灯禄巻四=上掲=を挙げ)
  是を三不能と謂ふ」と。蓋し是れ小乗応身仏
  に就いて云ふ所にして其大乗の宗意より云へ
  ば禅師自らも云へるが如く「定業も亦牢久な
  らず、無縁も亦一期を謂ひ、衆生界は本より
  増減なき」なり。