IN お軽の歌
聞いてみなんせまことの道を 無理なおしへじゃないわいな

まこときくのがおまへはいやか なにがのぞみであるぞいな

自力はげんでまことはきかで 現世いのりにみをやつす

思案めされやいのちのうちに いのちをはればあとじあん

領解すんだるその上からは ほかの思案はないわいな

ただでゆかれるみをもちながら おのがふんべついろいろに

おのがふんべつさっぱりやめて 弥陀に思案にまかしゃんせ
        
(出典 大洲彰然著『お軽同行物語』 100頁。永田文昌堂筆者)

【キーワード】領解 思案 分別 御はからい   今生聞法  自力 現世いのり

【参考】
龍谷大学 人間・科学・宗教 オープン・リサーチ・センター
 お軽(1801-1857)は、下関市六連島に育ち、感受性豊かで、飾らない勝ち気な女性でした。そのため、同じ島に住む若い男性たちは、彼女の負けず嫌いの言動に反感をいだき、「お軽の所へは婿養子に行ってはいけない」とまで言うようになります。お軽はこれが胸にこたえ、自分の気性の激しさを反省します。
ようやくご縁あって、お軽は幸七を婿養子に迎えます。ところが、その後幸七が、ある女性と懇意になりました。島の仲間たちは幸七に味方をして、その事実を隠しますが、ついにお軽は夫の浮気を知って、逆上し、幸七を責め立てます。それを見た島の人々は「幸七は日頃お軽の尻に敷かれているので、よそに出た時ぐらい浮気するのはあたりまえ」と彼女を冷笑するのです。お軽は二人の子供を抱いて、玄界灘の岸に立ち、死のうと思いました。
追いつめられたお軽は、西教寺住職現道師に、自分の苦しさをうち明けます。すると、現道師は「幸七のことは、あなたにはかえってよかった」と言うのです。「人が苦しんでいるのに、よかったとは何事ですか。」とお軽が怒ると、「こんなことでもなければ、あなたは仏法を聞くような人ではないから、よかったといったのだよ。」と現道師が答えます。お軽は腹を立てて帰ってしまうものの、やがて現道師のことばの深い意味に気づき、ひるがえって仏法を求めます。お軽の熱心な聴聞は、島の内外に及びました。それでも真実の世界に安住できません。三十五歳の時、お軽は死を宣告されるほどの重病にかかりました。病の床で彼女は「ごいんさん、ごいんさん」と呼びつづけました。病床にあってなお現道師の法話を聞くのです。そしてとうとう彼女のつらかった心にみ仏の慈悲がしみわたります。真実の歓びにつきうごかされて、お軽は次の歌を記しています。
  聞いてみなんせまことの道を 無理なおしへじゃないわいな
  まこときくのがおまへはいやか なにがのぞみであるぞいな
  自力はげんでまことはきかで 現世いのりにみをやつす
  思案めされやいのちのうちに いのちをはればあとじあん
  領解すんだるその上からは ほかの思案はないわいな
  ただでゆかれるみをもちながら おのがふんべついろいろに
  
おのがふんべつさっぱりやめて 弥陀に思案にまかしゃんせ

(大洲彰然著『お軽同行物語』 100頁。永田文昌堂)
 
この後、幸七とお軽は仲良く一緒にお寺にお参りするようになりました。
私たちは自分の思いにしがみついて生きています。「なぜこの私の想いをわかってもらえないのか」と。苦しみの原因は自分自身の執着にあります。私は小さな世界に行き詰まったとき、お軽の歌を声に出して読みます。するとみ仏の広々とした慈悲が私にしみとおって、素直で自由な心が開けてくるのです。