IN 「無上仏」他 『無上仏』より

    おねがい
  これは 明治三十六年十月うまれ
  下品下生の私が
  延延とかきつづける
  八冊目の詩集でございます
  なにとぞ ごらんくだされたく
    
  無上仏
無上仏ともうすは
かたちもましまさぬゆえ
私のなかへ おはいりになり
私もまた 無上仏の
無辺の 御ふところで
ふかまる老いを 拝みます

  御光のころも
この忍土の涯へきて
無上仏さまの
広大無辺の 御光のころもに
われら 群萌が
常時(いつも) つつまれているのをしり

  
  円光むさべつ
此岸では 智者愚者善人悪人と
いろいろにさべつされるが
彼岸では 
ただひといろ
円い お光さま

  ひとりごと念仏
気がつけば
ひとりごとのような 念仏をお申しおり
かすかに 明かりがさしてくる

  いのちあるがまま
ほんに老衰ということ
日に日にわかるようになり
ここで ふといきがとまったら
そこはもう無上仏さまの
無辺の御ふところ
人さまはこれを死と申される

  わがこえを聞いている
七百年ものちにうまれ
親鸞さまと同じ
生死大海の船筏に乗せていただき
わがとなえる
かすかな 念仏のこえを聞いている

  しずかにみる
しずかにみれば
天地の うごくのが よくわかる
この凡夫の こころも
おのずと うごいて ながれ
停滞 腐敗もなく
かたじけないことです

  生かされて
幼少より 多病なりし私の
まん九十才の 誕生日がきて
ふり返れば
生かされていきる
じねんの 長い 月日のながれ
(いま三十五キロ)

  お光さま
お光さまが きてくださると
こころの もやもやが
ひとりでに
ほぐれて ゆくようでございます

  赤いよだれかけ
私の左足は萎えており
もうあのお地蔵さまのように
どっしりと大地には立てません
せめてあの赤いよだれかけを一まい
私もご供養にあずかりたいのでございます
ときどきよだれをたれるので

  さようなら
あらゆる生きものにまんべんなく迫りくる老衰現象を、つぶさに体験しながら書き残したいと願うていたが、方向がそれ、脳出血となり、この「赤いよだれかけ」で終わりになりました。 三十年にわたる長い小詩の流れも(思わぬ賞もいただき)もうこのへんで終わってもよいころ。
 読者のみなさんどうもありがとうございました。今生で巡り会うた皆さん、さようなら さようなら 永遠にさようなら
  一九九五年一月 九十一歳 栄一

(出典 榎本栄一『無上仏』)
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   お光さま もやもや ほぐれる
   よだれかけ 九十一歳