IN 夢の世に(和泉式部)

☆夢の世にあだにはかなき身を知れと
       教えてかえる子は知識なり

☆とぼとぼと一人ゆくらん死出のたび
       道わからじと帰りこよかし

《以上は和泉式部作と伝えるが、式部歌集には
 見当たらず。 
  以下は歌集にあり》

☆(世の中はかなき事などいひて、槿花のある
  をみて))
はかなきはわが身なりけりあさがほの
       あしたの露もおきてみてまし
☆(小式部の内侍、露おきたる萩おりたるから
  ぎぬをきて侍りけるを、みまかりてのみ、
  上東門院よりたづねさせたまひけるに、た
  てまつるとて)
 おくと見る(し)露もありけりはかなくも
きえにし人をなににたとへむ

☆十二月の晦(つごもり)の夜よみはべりける

なき人のくる夜ときけど君もなし我がすむ宿や
玉なきの里(後拾遺575)

【通釈】亡き人が訪れる夜だと聞くけれども、あ
なたはいない。私の住まいは「魂無きの里」な
のだろうか。

【語釈】◇玉なきの里 実際にあった地名かどう
か、またその所在地などは不明。『歌枕名寄』も
未勘国とする。

【補記】『和泉式部集』続集の順序からすると、
「君」は敦道親王であろう。大晦日の晩には、
死者の霊が家に帰ると信じられた。後拾遺集
巻十哀傷。

【他出】続集、歌枕名寄、夫木和歌抄

☆内侍のうせたるころ、雪の降りてきえぬれば

などて君むなしき空に消えにけむあは雪だにも
ふればふるよに(正集)

【通釈】どうしてあなたは虚しい空に消えてしまっ
たのでしょう。こんなに果敢ない淡雪も消えずに
降ってくる――そんな風にどうにか日々を送って
ゆくこともできるこの世なのに。

【補記】万寿二年(1025)十一月、和泉式部は娘の
小式部内侍に先立たれた。「ふる」は「(雪が)降る」
「(年月を)経る」の掛詞。

☆小式部内侍なくなりて後よみ侍りける

あひにあひて物おもふ春はかひもなし花も霞も目
にし立たねば(玉葉2299)

【通釈】巡り来た春に逢うには逢ったが、物思い
に沈む身にはその甲斐もない。花も霞も目に
はっきりとは見えないので。

【補記】続集では詞書「内侍なくなりたる頃、
人に」。

【参考歌】伊勢「古今集」
あひにあひて物思ふころのわが袖にやどる月さ
へぬるる顔なる

☆小式部内侍なくなりて、むまごどもの侍りけ
 るを見てよみ侍りける

とどめおきて誰をあはれと思ふらむ子はまさるらむ
子はまさりけり(後拾遺568)

【通釈】子供たちと私を置いて死んでしまって、
娘はいったいどちらを哀れと思っているだろうか。
きっと、親である私よりも、子供たちの方を愛しん
でいるだろう。親より子と死に別れる方が、私も辛
かった。

【補記】「紙十枚許りに書きても、猶此のことばかり
は、あらはれがたき事にぞ侍る。心深きと云ふ、
則如此の歌なるべし」(今川了俊『落書露顕』)。

【他出】和泉式部続集、栄花物語、古来風躰抄、
定家八代抄、古本説話集、宝物集、世継物語

☆若君、御送りにおはするころ

この身こそ子のかはりには恋しけれ親恋しくは
親を見てまし(正集)

【通釈】この子をこそ、我が子の代りに恋しく思う。
若君よ、母が恋しい時には、代りに、その親で
ある私をごらんなさい。

【補記】詞書の「若君」は小式部内侍が藤原教通
との間にもうけた子。小式部内侍の葬送の時、和
泉式部が孫に与えた歌である。「この身」は若君
すなわち孫を指し、「子のかはりに」の「子」は小式
部内侍。下句に移り、最初の「親」は小式部内侍、
次の「親」は和泉式部を指す。因みにこの「若君」
はのち出家して静円を名のった。

☆小式部内侍うせてのち、上東門院より、としごろ
給はりけるきぬを、亡きあとにもつかはしたりけるに、
「小式部内侍」と書きつけられたるを見てよめる

もろともに苔の下にはくちずして埋もれぬ名を見る
ぞかなしき(金葉三奏本612)

【通釈】一緒に苔の下に朽ちることなく、私ばかりが
生き残ってしまって、埋もれることのない娘の名を
見ることが悲しいのです。

【補記】小式部内侍は生前上東門院(藤原彰子)
に仕え、毎年衣を賜わっていたが、死んだ後も例
年通り下賜された。その衣に小式部内侍の名が
書き付けられていたのを見て詠んだ歌。亡骸は
埋れて目に見えなくなっても、死者の名は埋れる
ことなく目に触れ、悲しい追想を誘う。

【参考】「白氏文集・題故元少尹集後」、「和漢朗
詠集・文詞」(→資料編)
遺文三十軸 軸軸金玉聲 龍門原上土 埋骨不
埋名

【他出】和泉式部集、後六々撰、近代秀歌、詠歌
大概、定家八代抄、八代集秀逸、時代不同歌合、
宝物集、沙石集、女房三十六人歌合

☆山寺にこもりてはべりけるに、人をとかくす
るが見えはべりければよめる

たちのぼる烟(けぶり)につけて思ふかないつまた
我を人のかく見む(後拾遺539)

【通釈】立ちのぼる火葬の煙を見るにつけてつく
づく思うなあ。いつ煙になった私を人々がまたこう
して見るのだろうかと。

【補記】山寺に籠っていた時、死者を葬るさまを見
ての詠。正集には詞書「また人のさうそうするを
みて」。後拾遺集巻十哀傷。


        
(出典 http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/
yamatouta/sennin/izumi.html
「和泉式部(千人万集)」他より
【キーワード】 子を亡くした母 和泉式部
亡子のゆくへ  亡子の教え