IN 海亀

 海亀 
                深井 庄一作
海亀はおばろ月夜に
卵を産む
潮騒の調べをききながら
卵を産む
甲羅に月の光を浴びながら
卵を産む
一つぶ一つぶ
月に祈りながら
卵を産む
「この子たちが孵(かえ)る日まで
月よどうか見守っておくれ」
海亀ほ自分でももてあますぼどの大きな体から
愛とカをこめて
卵を産む
目にいっぱい涙をたたえながら
卵を産む

ふたたびめぐりくる満月の夜に
卵は孵り
海に向かって走る
母亀の涙のしみた砂を
小さな甲羅にのせて走る
だが 海亀の子たちほ
親を知らない

 
【参考】
作者の潔い目覚めの伝わってくる詩ではありませんか。亀だけでしょうか、「母亀の涙のしみた砂」を背負って生きているのは。「涙のしみた砂」というのは、子への母の親のせつなる〝願い″であり〝祈り〃ではありませんか。生きている者はみなどこにあってもどんな時でも、この祈りこの願いを背負って生きているのではありませんか。〝生きている″という事実がそれを示しているのです。その他にどんな証明も必要としません。いま、ここに生きているということが、それを明らかにしているのです。
 だが 海亀の子たちほ 親を知らない。
 親を知らないということは、親のこの願いを知らないということでほありませんか。それは亀だけでしょうか。私たち人間はだれが自分の親だということを知っています。これが私の父であり、これが私の母だと知っています。だが、その親の願いというものに気づいているのでしょうか。
 我われは、自分の願いを周囲のものにかけることは一生懸命にやってます。親はこうあって欲しい、子どもは、夫は、妻はこうあって欲しいと、他に向かって願いをかけることは知っています。だが反対に、自分が願いをかけている人たちから願いのかかっている身だ、ということになかなか目覚めることができないでいます。
 まして、今私たちが、私の親だと言っている親は、この身を地上におくり出してくれた縁としての親である。いのちが人間という形をとるための縁としての親である。本当のいのちの親、根源的な親というものを、私たちは知らない。それは亀だけではない。人間だと力んでいるこの身も〝いのち″の親、いのちの根元を知らない。それに気づこうとしない。
 親鸞聖人の教えは、この気づこうとしない私に向かって、いのちの根元は仏さまだ、と目覚めさせてくださるのでないでしょうか。いのちの根源の願い、如来の願い、如来の本願に目覚めることを、そして、その大切さを教えてくださるのではありませんか。
                     
 ある時、大谷大学の学長もなさった、私の恩師でもあります正親含英(おおぎがんえい)先生のところへ、一人の婦人が訪ねてこられました。
 「先生、私ほ早く夫に死別し、女手一つで男子二人を育てました。長男は東大を出て一流会社に就職しました。ところが勤めて二週間目、突然、交通事故で亡くなりました。私は気がついたら長男の墓に毎日せっせとお参りしておりました。そして九十五日目のことです。お隣りの奥さんがやってきて、『そんなに亡くなった人のことが忘れられんと、亡くなった人が行く所へゆけんぞ』と言いました。私はびっくりするとともに、どうしたらよいかわからなくなってしまいました。
 先生、私はどうしたらよいでしょうか」
 こう問われる婦人をしばらく黙って見つめていらっしやつた先生ほ、やおら口を開かれました。
 「奥さん、お墓参りも今まで通り続けてあげてください。今のあなたにとっては、墓はただの石じゃございませんものね。でもね奥さん、亡くなられたご長男もあなたの身を案じていらっしやいますから、どうか体だけは気をつけてくださいよ」
 こうおっしゃって婦人を見送られました。そして一週間はどして、またその奥さんが訪ねていらっしやつて、
 「先生、この間はいろいろとお教えをいただきありがとうございました。実はあの時、先生がおっしゃった、亡くなった長男も私の身を案じているというお言葉は、どうしても私の胸に落ちませんでした。家に帰り玄関を開けて『ただ今』と声をかけると、先に帰っていました次男が『お帰り』と玄関に出てきました。そして、『お母さん、今日はいいことあったの』と聞きます。『べつに、でも今日は初めて真宗のお話を聞いてきたよ』と言いますと、次男が、『ああそれだ。だからきょうのお母さんの顔ほ明るいのだ。明るいお母さんの顔見たらばく助かっちゃ
った』と言って、小おどりして喜ぶではありませんか。その次男の姿を見た時、初めて先生のおっしゃった、亡くなった長男も私の身を案じていてくれる、といぅ言葉が私の胸に落ちました」と語られたそうです。

(出典 松扉哲雄『親鸞の教えに生かされて』     光雲社 昭和六十年)
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