IN 貞心と良寛

生き死にの境離れて住む身にも
   避らぬ別れのあるぞ悲しき  (貞心)

裏を見せ表を見せて散る紅葉 (良寛)


        
(新大乗ー現代の仏教を考える会)
【キーワード】 さとり 生死 死別 悲しみ

★良寛の最後
 その後も、二人の交流は続くが、島崎と福島の間
には、塩入峠があって、冬は貞心尼は良寛をたず
ねることができなかった。良寛が病気だというしらせ
があったが行けないので歌を託した。

 そのままになお耐え忍べ今更に
   しばしの夢をいとうなよ君   (貞心) 

 すると、良寛から、次の歌が届いた。春になったら、
すぐ来て下さい。会いたいものだ。

 あずさゆみ春になりなば草の庵を
   とく出て来ませ会いたきものを (良寛) 

 しかし、春を待つことなく、良寛は薬も食事もとら
なくなった、というしらせがあった。自ら死ぬおつも
りか、と責める。

    やまひのいとおもうなりたまひて、薬もいひ
    (飯)もたちたまひけると聞き読める

 甲斐なしと薬も飲まず飯たちて
   みずから雪の消ゆるをや待つ  (貞心)

    かへし
 うちつけにいひたつとにはあらねども
   かつやすらひて時をし待たむ  (良寛)

 それに対して良寛のこんな歌が届いた。仏から
預かったこの身、わざと薬や食事をとらないで粗
末にすることはありません。そのほうが苦しくない
からです。そうして様子をみております。
 だが、雪どけを待たず、良寛危篤のしらせが届い
た。貞心尼は驚いて雪の塩入峠を越えて良寛のも
とにかけつけた。
かくて、師走の末つ方、にわかに重らせたまう由、
人のもとより知らせたりければ、うち驚きて、急ぎ
詣で見奉るに、さのみ悩ましき御気色にもあらず、
床の上に座しいたまえるが、おのが参りをうれしと
や思ほしけん。
いついつと待ちにし人は来たりけり
   今は相見てなにか思わむ  (良寛) (A288)

 武蔵野の草葉の露の長らえて
   長らえ果つる身にしあらねば  (良寛) 

 良寛が重態であると、連絡があって、貞心はかけ
つけた。その時、良寛の歌。喜びがあふれている。
 後者の歌の意味は、武蔵野の草の露が、いつまで
もとどまることができないように、わたしも、ずっとこの
世にとどまることができません。死を覚悟している。
かかれば、昼夜御かたわらに在りて、御有様見奉り
ぬるに、ただ日に添えて弱りに弱りゆきたまいぬれば、
いかにせん。とてもかくても遠からず隠れさせたまうら
め、と思うに、いと悲しくて、
 生き死にの境離れて住む身にも
   避らぬ別れのあるぞ悲しき  (貞心) 
 貞心は良寛のもとで看護したが、まもなくお別れと
思うと悲しくて、歌を作った。
 生死にとらわれる迷いの世界を離れたはずの御身
にも、避けられないお別れがありますのが、悲しいこ
とでございます。「生き死にの境離れて住む」同じ境地
に住んだ貞心だからこそ言えた言葉である。
 良寛に見せるつもりではなかったろうが、みつかって、
良寛から次の言葉がきかれた。

   御返し。
 裏を見せ表を見せて散る紅葉 
    こは、御自らのにはあらねど、時に取り合いの
たもう。いと尊し。

 これは、良寛の自身の歌ではないが、最後の言葉で
あった。良寛は、型にはまった辞世など作りはしなかっ
た。これは、借り物であった。
 天保2年1月6日、外では雪が激しくふる日に、良寛
は旅立った。

(もう一つの仏教学・禅学
新大乗ー現代の仏教を考える会)
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