捨の真言…言葉の重み

IN 鬼婆なりと

仏にもまさる心と知らずして 
     鬼婆などと人はいうなり
   税所敦子


2010年10月19日
税所敦子 ― 税所敦子(さいしょ あつこ)

歌人。
明治の紫式部といわれた女性です。

京都の宮家付きの武家の家に生まれ、二十
歳のときに、薩摩藩士 税所篤之の妻にな
りますが、二十八歳の時、篤之は病没。
 以後、薩摩の夫の実家に入り、大家族の
中で、厳格なお姑さんに仕えることになるの
ですね。
 でもなかなかお姑さんの気に入ってもらえ
ない。事毎につらく当たられる。
 ある日。
「世間では、この婆を『鬼婆』と陰口をたたき
おるそうな。敦子、お前も『鬼婆』思っておる
のじゃろ?」
 「まあ、とんでもないことを・・・。」
お姑は、短冊に下の句を書くと、それを敦子
に突きつけて
「さあ、これに上の句をつけてみよ」
と短冊を突きつけて迫ったのですね。
下の句には、
 「・・・・・鬼婆などと人はいうなり」
とありました。これを種にまた一苛めしてやろ
うという魂胆ですね。
 そのとき、敦子は
悪びれたところも無く、微笑みながらその短
冊を戴くと、
 「仏にもまさる心と知らずして」
と上の句を付け加えたのです。
 ― 仏にもまさる心と知らずして 
         鬼婆など   と人はいうなり
しばらくの間その短冊を見つめていたお姑さ
んは、遂に泣き出して、日頃の自分の非を詫
びたということです。

後に、この一件が縁で藩主島津久光公に仕え
ることと成るのですね。
そして、明治維新後は、宮中に上り、明治天皇
皇后両陛下のお世話係としてお仕えすること
になるのです。
 
宮中では、外国要人の接待に不自由とのことで、
50歳から、フランス語、英語を勉強。
短時日のうちに習得したとのことです。
 伊藤博文公をして、
「あれほど偉い婦人には初めて会った。」と
驚嘆せしめ、千古の 女性の鑑と謳われた
税所敦子は、明治32年(1899年)2月逝去。
享年76歳でありました。

        
(出典 天にお任せ
http://zacky.hamazo.tv/e2311302.html
  大西良慶『ゆっくりしいや』166頁にも
  同趣の記事あり   等)

(宏壽 聞法ノートには 
 「仏にも似たる心を知らずして 
      鬼婆なりと人はいうなり」
                 と記録)

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