IN 草かご

甲斐和里子女史 『草かご』

み仏を呼ぶわが声は
み仏のわれを喚びますみこゑなりけり

み仏のみ名を称えるわが声は
わが声ながら尊かりけり

ともすれば 人のうへいうこの舌も
仏の御名を呼ぶときのあり

手に合わない 厄介な我の心を
如来の大きな御手に お渡しする

西の方遠にまします御仏は
わが心にも亦ゐますなり

泣きながら 御戸を開けば 御仏は
たヾうち笑みてわれを見そなわす

ともしびを 高くかかげて わがまへを
行く人のあり さ夜なかの道

思ふことなる世なりせば
籠のうちの鳥をみそらにみなはなたまし

岩もあり 木の根もあれど さらさらと
たださらさらと 水のながるる


谷ひとつへだてて鳴けど心して
 聞けば聞こゆる山ほととぎす 
              甲斐和里子

(仏と凡夫とは谷をへだてているけれども
  聴聞すればほととぎす=仏のよび声が
   聞こえます)

(出典 甲斐和里子 『草かご』)
【キーワード】 喚び声  仏のみ名 灯火
煩悩 無碍

甲斐和里子(1868-1962 / 明治元-昭和37)

1899(明治32年)に、甲斐和里子(旧姓・足利
)は、
松田甚左衛門の助力を得て、京都市下京区
東中筋通花屋町上ルに顕道女学院(現在の
京都女子学園)を創立。和里子は女性の地
位向上のためには仏教精神に基づく女子教
育が大切であると決意し、女子教育の樹立
に尽くした。