IN 帰る家あり

橋上の 駅の階段 おりてゆく
    夕焼けの街に 帰る家あり
              雨宮かず子

NHK短歌大会が信州・塩尻で開かれ、その様子
を日曜日の今日(平成21年10月25日)、放送し
ていた。
 最優秀賞に選ばれた歌の一つに、次の歌があ
った。
  橋上の 駅の階段 おりてゆく
    夕焼けの街に 帰る家あり
              雨宮かず子
作者は、地元の塩尻の人だった。
 JRになるまでの国鉄の時代、地方の駅には国鉄
のスタイルがあった。ホームから陸橋を渡って改札の
ある駅舎につづく、旅心をなでるような、なつかしい駅
の姿。今もそれはたくさん残っている。
 列車を降りて、ホームから陸橋の階段を上る。線路
をまたぐ陸橋の上を歩いていくと、夕焼けが街を染めて
いた。駅舎は線路の東側にあり、その向こうに街がある。
夕焼けの街は、我が家のある街。
 帰ってきたよ、我が家へ。ほっと安らぎの息がでる。
広い空を夕日が染める。その広がりの下に、私を待つ家がある。
 広大な宇宙から見れば、小さな米粒ほどの家、
だけど、わが心を癒し休める、かけがえのない一つの
場所。
 帰る家あり、
 このことの尊さ。
 このことの温かさ。
帰る家のあることを当たり前のようにして、深く考える
こともない日常だが、当たり前のなかにひそむその発見
は、胸に迫る。
 だれにも帰るところがある、それが人間の暮らしなんだ。
人間には帰るところが必ずある。
人間にはなくてはならないところなのだ。
 子どもの頃は、父母が待つ家だった。結婚して、妻や子
が待つ家になる。愛犬、愛猫が待つ家でもある。家族がいなく
ても、我が家のなかのすべてが自分を待っている。
 自由に休めるところ、団欒のあるところ、
疲れや哀しみや悩みを、そっといやしてくれるところ。

 「我が家」というものの重要さをかみしめたことがあった。
夕暮れ、家路を急ぐ人たちを見て、あの人たちは、帰る
家があるんだ、そう思うと、寂寥感がこみあげた。かつて、
我が家を放したときのことだった。派遣村に集まる人たちは、
帰る我が家のない悲哀のなかで生きているホームレスの
人たち。「我が家」のない人がいるということ、その哀しみ、
寂しさを放置している現代社会。
 そのままにしておくわけにはいかない。
去年の夏、アラスカのシトカの海岸に、日本の唱歌「故郷」の
歌声が響いたという記事を読んだ。アラスカを撮り続けた写
真家、故星野道夫を追悼するトーテムポールが立てられた13
回忌の命日。星野道夫をしのび、その日のためにやってきた
日本人が歌う「故郷」に、先住民も涙を流した。
「アラスカに長くいるほど、日本を思う道夫さんの気持ちは強く
なっていました。」と奥さんの直子さんが語った。アラスカの大地
と動物、植物を愛した星野、そこが第二の故郷になっていたアラ
スカ。
 そして日本の我が家、星野の「我が家」は、しっかりと存在した。
星野の撮った美しい写真、
ホッキョクグマたちの我が家が、今奪われようとしている。
吉田道昌の学舎(2009-10-25)より

【参照】HG 日暮れて
        
(出典 筆者 書名等)
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