HY 司馬遼太郎と凡夫

以前、東本願寺から出版された随想集に、司馬遼太郎
さんが示唆に富んだ文章を寄せられています。

 司馬さんが中学二年の頃、国語の先生が平家物語に
ある凡夫についてその意味をたずねられました。司馬さ
んは「つまらぬ人」と答えますと、先生は「その通りや」
とうなずかれました。さらに「ところで凡夫とはだれのこ
とや」とたずねられました。司馬さんは心の中で、少し
不良化している級友、成績が悪くて落第した子かと思
いましたが、それをいうと悪いと思って「知りません」と
答えました。すると先生は「凡夫とはつまり我々のこと
や」といわれたのでみんなびっくりしました。先生は言
葉を続けて、「ところで、日本史の歴史の中でだれが
最初に凡夫であるとさとられたか」と質問をされたが
分かりませんでした。先生は「その人が、日本の歴史
の中で、最も偉大な発見をした人や」「それは法然上
人と親鸞聖人や」といわれました。自分が凡夫だと知
ることが、それほど偉大なことなのか、中学二年の私
たちには分かりませんでした。

 先生は「今は無理かもしれんが、大人になったとき
もう一度今のことを思い出して考えてごらん。もし大
人になっても分からんかったら、その人は一生不幸
な人や」といわれました。そして「凡夫のもっている
深い意味が、今の私には分からない。しかし、この
ことを明らかにするのが一生の仕事かもしれない。
」と書かれています。凡夫としての自分に会う、それ
が司馬遼太郎さんの永遠のテーマであったので
しょうか、考えさせられます。

        
(出典 東本願寺随想集 司馬遼太郎
  『司馬遼太郎が考えたこと 4』
  「悪童たちと凡夫」 (昭和44年10月))
【キーワード】 凡夫の真意 凡夫の自覚
   生涯の課題

【参考】
  「現代の日本人の不幸は、みんなが凡夫で
あることを忘れたことである。」司馬遼太郎