HY 生命の尊厳さ

 思い出すたびに胸がいたみます。十数年も前の初夏のでき
ごとでした。高校一年だった彼女は、友だち数名とグランドで
ハードル競走の練習中に突然倒れ、救急車で病院に運ばれ
万策の応急処置もむなしく息をひきとったのです。急性心不
全との診断でした。思いもかけない通報をうけられた両親の
驚愕はいかばかりであったことでしょう。ほどなく治療室に駆
けこんでみえ、顔面にかけられた白布を払いのけ、身体をゆ
すって何度も名前を呼ばれる両親の胸中と、その無念さは
言語に絶するものでした。
 「行ってきます」と、朝元気に両親に声をかけて学校に出て
行った娘が、冷たくなって寝台車で無言の帰宅をするとは想
像だにしなかったでしょうし、両親の断腸の思いは察するに
あまりあるものがありましたじ通夜二葬儀、そして野逆の送
りと、友を失った級友たちも、ただ墓前に泣きくずれるばかり
でした。
 中陰に参詣しても、ひとり娘を亡くされた両親の茫然自失
の表情には対応に窮するばかりでした。
 読経のあとで、「娘が学校の仏参で習ったと言って教えて
くれた聖歌を、ふたりで称和していると、あの写真が笑って
くれるのです」と、言葉少なに語ってくださったのが、心安ま
る思いでした。十六歳を迎えたばかりの高校生の衝撃的な
死は、数々の問題を投げかけたのでした。
学校内での保健教育・管理のあり方はもちろんのこと、生
徒の生育歴と疾病への対応、家庭での食生活の点検にい
たるまで、家庭と学校とが一丸となって「生命の尊厳」とい
う問題に取りくむことにもなりました。
 つぎに紹介するのは、級友のひとりであった林佳代さん
の「友の死を悼む詞」の一節です。
  ひとりの人間の〝死〟というものを、自分 とまったく
切りはなして考えることなどでき ません。自分とは隔たっ
たところで起こって いたはずの死が、こんなに身近に
迫っている とは思ってもみませんでした。なんと無常(は
かな)い 生命(いのち)なのでしょうか。こうして親しい友を
失 ってみてはじめて 生命の重さを痛感させら れると
は、なんと悲しいことでしょう。わた したちは若すぎるし、
健康すぎることに甘え て、生命の尊さについて、あまり
にも無関心 だったようです。生命あることをあたりまえ 
のことのように思い、もったいない生き方を してきたこと
が恥ずかしい。生命がなければ なにもできないのです。
その生命を不幸にも 奪われてしまったあなたや他の多
くの人たち のためにも、わたしたちは生命の重さを、尊 
さをしっかりかみしめて生きなければならな いと思います。
あなたの死を厳粛に受けとめ、 いただいた生命を一瞬
一瞬大切にして、後悔
 しないような生き方をしなければならいと、 あなたはわ
たしたちに教えてくれたのです。

 ひとりの高校生の死は両親をはじめとして、多くの人
びとに、生命の尊厳、生きることの意味を根本から問い
なおす契機となりました。今でもクラス同窓会のたびに、
紺の制服を身につけた彼女の写真を前に、皆で合掌し、
生かされていることの意味を問い直しているところです。

        
(出典 緒方正倫『歎異抄を読む』 117-9頁)
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