HY 生きている印

《浄土真宗本願寺派では、9月18日(月)は東京の千鳥ヶ淵で全戦没者追悼法要が行われました。毎年宗門校に対して「非戦・平和の大切さ」「いのちの大切さ」というテーマで作文の募集があり、この法要で作文披露が行われています。皆さんの先輩が最優秀賞に選ばれた時の作文を紹介します。》

私の左手首には、小さなだ円形のアザがあります。小学四年生のときまでは、自分の手首に、人にはない奇妙なアザガあると思い、不思議に思っていました。また、同級生に「この黒いのって何?」と言われても何も言えなく、だんだんコンプレックスになってしまいました。学校にいる時は、制服の袖でアザを隠し、普段、家にいる時も腕時計などをして隠していました。▽ある時、爪を切ろうと思い、左手を出すとそのアザが見えて、とても気になったことがありました。アザも私の身体の一つなのだから、もっとこのアザについて知りたい、と初めてこのアザに対しての答えを求めたいと思うようになりました。実際に、母に聞いてみると、母は私がいきなり、そんな事を聞くなんて、思ってもみなかったらしく、目が丸くなりました。しかし、すぐに真剣な目に変わり、こう言いました。「それは、あんたが生きている印よ。」私は、母が何を言いたいのか、さっぱりわかりませんでした。くちをポカンと開けている私を見て、母は再び、「あんたは二ヶ月も早く生まれてきた未熟児で、体を丈夫にする注射を何本も打ったんだよ。このアザは、そのアトなの。」と言いました。その瞬間、私は腕時計をはずし、まじまじと左手首を見ました。今まで奇妙で、コンプレックスでもあったあのアザがその時から、生きている印という「誇り」に変わりました。それ以来、同級生から「この黒いのって何?」と言われても、堂々と「私が生きている印!」と言えるようになりました。▽また、このアザは、母が痛い思いをして私を生んでくれたことのありがたさ、そして、未熟児だった私を大切に思ってくれている両親への感謝の気持ちの印でもあるように思います。


《こういう作文でした。私は昨日佐城地区ソフトテニス大会に担当として参加をしていたのですが、吹奏楽部の生徒からも佐賀県マーチングフェスティバルの案内を受けており、途中演技を見に行きました。その会場前でも陸上新人戦や女子のサッカー大会が行われており、多くの保護者や祖父母の応援されている姿を見ました。朝早くからの準備や送迎、差し入れなど皆さんの活躍を見に来られているのを見ながらつながりを感じていました。また他にも顧問の先生方やコーチ、監督など指導者のサポートも感じていました。先ほどの「いのちの作文」にもありましたが、私たちの「いのち」が誕生してからどれだけのサポートを受け続けているのかということを改めて見たようでした。多くの見えないいのちの支えがあるからこそ「おかげさま」の毎日なのです。そんな感謝の心を忘れない日々を過ごしてほしいと思います。》

(出典 佐賀龍谷高校 校長先生ブログ
2017/09/25)
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