HY ヘレンケラーと「耳」

ある人が、ヘレンケラーに尋ねた。
「もし、眼、耳、口の中、一つだけ正常なはたらきが
 叶うとしたら、どれを願いますか」
「耳です」
「なぜですか」
「心の光がえられるからです」


私の知っている聾・盲・唖の人たちの中で・
自分に最も気質が似ていて、思想にも共通な点
がいちばんに多いと思われるのは、二十年来文
通しているバース・ギャロンというフラソスの
一婦人であります。私たちはふたりとも読書す
ることの中に喜びと自由とを見いだしており、
私たちはふたりとも目が見えないということよ
りも、耳の聞こえないということのほうを不便
だと感じております。
私たちふたりの生涯は、
美しい愛情と友情とによって飾られております。
(ヘレンケラー著 岩橋武夫訳『わたしの生涯』
角川文庫三七〇頁)



(味わい)五感のうち、聴覚は胎児のときから
最初に発達し、死の直前まで利く。眼は閉じれば見え
ないが、耳に蓋はない、いつでも聞ける
という、最強の感覚である。
 法蔵菩薩が十方衆生救済の方便として選択したのが
「名声(超十方)」「名声(聞十方)」であった、声の仏と
なって十方に至り届いてやろう、耳から入る仏なろうと
誓願されたということ、むべなるかなである。
 「聞光力」という言葉もある。心の闇を照らす仏光の力
を聞くという。仏光は見るものではなく、聞くものである
という。
 「聞其名号信心歓喜」「聞信如来弘誓願」
・・・真宗は聞より始まるのである。


(備考)
ヘレン・アダムス・ケラー(Helen Adams Keller、1880年6月
27日 - 1968年6月1日)は、アメリカの教育家・社会福祉事
業家である。自らも重い障害(聾・唖・盲、三重苦)を背負い
ながらも、世界各地を歴訪し、身体障害者の教育・福祉に
尽くした。

(出典 宏壽 聞法ノート 伝聞)
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