HY 「痴」ということ

思惑(しわく)というのは煩悩をさす仏語です。
私達が思ったり、考えたりするという思惑(おもわく)は、
実は、私の思いの「枠」に取りこんでしまって、私に思
われたものにしてしまっていることであります。…これ
が、人間の煩悩の基礎…人間の陥りがちな問題です。
・・・
「思枠」のうちに、あらゆるものを取りこんで、
何かを知っている気持ちになる病気のことを、
「知」るという言葉に病だれ をつけて「痴」というわけ
です。

(出典 山下秀智『ともしび594号』)
【キーワード】 わが思い 思いの枠 
   思弁の限界 煩悩
参考
 「痴」の本字
「癡」=疑って決めかねるさま。慧(さと)く
    ない意。ひいておろかの意。
   〈貝塚茂樹『角川漢和中辞典』〉