HT お彼岸をいただいて生きる
内田正祥
先日、こんなお話を聞きました。
「この先、行き止まり」という看板が出ているのに、そのまま進む人はいません。みんな迂回、回り道をして進みます。私たちの人生が「死んで終わる」のだとしたら人生はこの先、行き止まりの人生になります。だから、「こっちの人生を歩みましょう。行き止まりのない人生を歩みましょう」と案内し勧めてくださるのが仏教の教えです。というお話でした。
迂回しても、回り道しても、結局は死ぬのだから、やっぱり人生は行き止まりじゃないか!と思う人もいるかもしれません。
以前、こんな言葉に出会いました。「死の別離の悲しみの向こうに大いなる故郷(ふるさと)の灯(あかり)が見える」という、四十七歳の境涯を生き抜いてお浄土へ帰って往かれた鈴木章子(あやこ)さんの言葉です。
故郷(ふるさと)の灯(あかり)とは「お浄土の光」のことです。「懐かしい方やご縁のあった方がたが待っていてくださる世界」。それがお浄土です。命が帰って往く「故郷のような世界」、それがお浄土です。そしてお浄土は、「仏さまに生まれさせていただく世界です」。
お浄土という世界をいただいて、お浄土に向かわせていただく人生を歩んでいくならば、「死ぬことは」行き止まりではなくなります。「死」を貫いて「死」を越えて往くことができるのです。言葉を換えれば、死んで終わる人生から、仏さまという尽きることのないいのちへと生まれて往く人生に転換されていくのです。
「お浄土の光に導かれながら、本当の幸せをいただく仏さまに生まれて往く人生を、行き止まりのない人生をご一緒に歩ませていただきましょう」。
「南無阿弥陀仏・なもあみだぶつ」と、お浄土をご用意くださった阿弥陀さまはよびかけていてくださいます。もうすぐ「お彼岸」の時節ですね。彼岸とは「お浄土」のことです。
(出典 一縁会編『参らせてもらうでね!』自照社出版:)
【キーワード】 行き止まり 人生 死の別離
大いなる故郷 浄土 鈴木章子
※出典の書を読み、感動したので、この一話を 転載させていただきました。特に「死を人生 の行き止まり」と感じる現代人が多い中で、 この一文は、その行き止まりを解決する道
を示している。