HT 親鸞聖人いまさずは

親鸞聖人が恩師法然聖人のご威徳を偲ばれた和讃20首のなかの1首にこうある。

  曠劫多生(こうごうたしょう)のあひだにも 出離(しゅつり)の強縁(ごうえん)しらざりき
  本師源空(ほんしげんくう)いまさずは このたびむなしくすぎなまし
(永い長い間生々流転してきたが、迷いを離れ出る因縁・阿弥陀如来の本願力を知らずにきた。もし本師法然房源空聖人がお出でにならなかったら、我、親鸞のこの世での一生は空しく過ぎてしまうことになったであろうに<聖人にお遇いできたことの何と有り難いことやら>)

親鸞聖人が法然聖人によって「生まれ甲斐」を得られた大慶喜が述べられている。
 我々「聖人一流」をいただいている者も、もしも「親鸞聖人いまさずは このたび空しくすぎなまし」となっていたであろうと思う。
 報恩講には、次の一首を付け加えたい。

  曠劫多生(こうごうたしょう)のあひだにも 出離(しゅつり)の強縁(ごうえん)しらざりき
  親鸞聖人いまさずは このたびむなしくすぎなまし

(出典 聞法ノート 釋淨嚴 20211028)
【キーワード】生々流転 弥陀仏の強縁
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