HG 限界状況

人間は 
限界状況のとき
自己の実存に
目覚める
          カール・ヤスパース

(出典 ヤスパースは『哲学』(1932年)で「限界状況を経験することは実存することと同一である」と述べている。)
【キーワード】 死 苦 争 責 
        日常的現実粉砕の状況
        三定死

【会通】二河白道の「三定死」(「われいま回(かえ)らばまた死せん、住(とど)まらばまた死せん、去(ゆ)かばまた死せん。一種として死を免れざれば・・・」の味わいがある。老・     病・死に向かっていながら、進む道のない者自身の姿である。

※㈠  限界状況 英:limit situation、
独:Grenzsituation)とは、カール・ヤスパースの実存哲学における用語のひとつで、ヤスパース哲学の起点となった基本概念。現存在としての人間が、いかなる人間の力や科学の力をもってしても克服できない、逃れることのできない状況、すなわち、これは人間を限界づけている普遍的な状況である。死、苦、争、責、由来、偶然など、われわれの日常的現実を粉砕してしまう状況のことである。
 ☆限界状況とは、具体的には、自分はいずれ死ななければならない(死)とか、思い悩むことから逃れられない(苦悩)とか、自分は闘わなければならない(闘争)とか、あるいは、意識的にも無意識的にも罪を犯すことから免れない(罪責、原罪)ということである。これらの状況は普通の状況と異なり、変化することがなく、意志や努力によって変えることのできない、人間存在にとって巨大な壁となって立ちふさがる状況であり、人はただそれに衝突し、挫折するほかない。それは時代や民族、あるいはどのような個人にとっても免れることのない点で普遍的である。
 限界状況の典型例が「自己の死」である。人は、それに突き当たることによって、各人がそれまで意識していた自己自身の存在に対する確実性の挫折を自覚させられる。ヤスパースによれば、人は普段は気晴らしなどにふけることによって、実はすでに前提として限界状況のうちにあるのだということを忘れてしまっているとしている。そして、壁に突き当たって挫折する経験は、人をして頼るべきもののない孤独と絶望とに突き落としてしまう。しかし、このように限界状況に直面したときにこそ「実存的まじわり」や「超越者との出会い」によって、人は実存に目覚める[1]のであると主張した。

※㈡ 実存
( 大辞林 第三版)
実存主義で、特に人間的実存をいう。個別者として自己の存在を自覚的に問いつつ存在する人間の主体的なあり方。具体的状況にある人間の有限性・不安・虚無と、それを超越し本来的な自己を求める人間の運動。自覚存在。
(広辞苑 第六版)
特に人間的実存を意味し、自己の存在に関心をもつ主体的な存在、絶えざる自己超克を強いられている脱自的存在をいう。自覚存在。

☆実存主義
(広辞苑 第六版)
(existentialisme(フランス))人間の本質ではなく個的実存を哲学の中心におく哲学的立場の総称。ドイツでは実存哲学と呼ばれる。科学的な方法によらず、人間を主体的にとらえようとし、人間の自由と責任とを強調し、悟性的認識には不信をもち、実存は孤独・不安・絶望につきまとわれていると考えるのがその一般的特色。その源はキルケゴール、後期シェリング、さらにパスカルにまでさかのぼるが、20世紀、特に第二次大戦後、世界的に広がった。その代表者はドイツのヤスパース・ハイデガー、フランスのサルトル・マルセルら。サルトル・カミュ・ムージルらは実存を文学・芸術によって表現しようとする。

※㈢カール・ヤスパース(独: Karl Theodor Jaspers、1883年2月23日 - 1969年2月26日)は、ドイツの哲学者、精神科医であり、実存主義哲学の代表的論者の一人である。現代思想(特に大陸哲学)、現代神学、精神医学に強い影響を与えた。『精神病理学総論』(1913年)、『哲学』(1932年)などの著書が有名。
 ヤスパースは、その生涯の時期ともあい合わさって、3つの顔を持っている。精神病理学者として、哲学者(神学者)として、政治評論家としての活動である。