HG 天命と人事

天命に安んじて 人事を尽くす
               清澤満之

 今年から本場アメリカの野球に挑戦することになった松井秀喜選手は「努力できることが才能である」という言葉を座右の銘としているそうです。小学生の頃に父親から贈られて大切にしてきたそうで、彼の人間的魅力はもちろん、野球選手としての能力をも大いに支えている言葉であるような気がします。

 この言葉を耳にして、「明治の親鸞」と呼ばれた清沢満之という方の「天命に安んじて人事を尽くす」という言葉をふと思い出しました。「人事を尽くして天命を待つ」とは一般によく聞かれる言葉です。「やるだけのことはやった。後は天にまかせるしかない」と。突き詰めれば、私たちの人生観はこの言葉に象徴されるのではないでしょうか。しかしここには、「良い結果を出すために努力したんだ」という自負心と、その反面で、自分を何とか納得させようという心持ちや「これだけ頑張ったんだから、天は見離すまい」という希望的観測などが入り交じっているように感じます。つまり、せっかく努力したのに、そこに安住できない私たちの姿をうかがうことができるのではないでしょうか。

 全力を尽くしても、私たちの能力には限界もあり、あるいは不測の事態などによって、人生が思いどおりに進まないことは当然のことです。そのときに与えられた「天命」は、全力を尽くしたからこそ、かえって受け入れられない「暗い運命」になってしまうのでありましょう。

 それに対して、この清沢満之の言葉には、不思議と明るさが感じられます。天命に安んじ、自分自身に安んずることで、本当の意味で人事を尽くすことができるのだと。この明るさを生み出している世界こそ、私たちが心の一番深いところで求めているものなのではないでしょうか。何かを得る手段として努力するのではなく、努力できることを、与えられたものとして喜んでいく。それが本当に〈生きる〉ということなのでしょう。

 百年前に遺されたこの言葉は、現代の私たちに「自分自身に安んずる」という人生の大切なキーワードを届けてくれているように感じます。

 松井選手には、「偉大な先輩方が入ったバッターボックスに立つのが楽しみです」と語った自身の言葉どおり、大いに野球を楽しんでグラウンドを駆け巡ってほしいと、私も心を躍らせています。

(新宿区・専行寺住職 平松正信)



        
(出典 平松正信『三分法話』 サンガ(HP))
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