HG 無と空

無にはなれるが 空にはなかなかなれない

山頭火

(出典 山頭火 昭和12年5月の日記)
【キーワード】 無 空 
参考(あるインターネットでの空と無についての1文)

ここで「無」と「空」の違いについて簡単に説明しておき
ますと、たとえば水の入っていない 空(から)のコップ
があるとします。この場合、「コップは空」です。でも、
「コップは無(む)」とはいえません。

 コップが空(から)ということと、コップが無(な)いとい
うこととは別です。「無」と「空」の違いはこれで明らか
でしょう。

 無(な)いのはコップではなくて水です。インド人は、
このことを「コップには水の無(む)がある」と表現しま
す。もしコップに水があれば、コップは「水の場所」です。
ないと、コップは「水の無の場所」です。「無の場所」が
「空」なのです。おわかりいただけましたか。

 コップはもともと空(から)です。空でなければコップ
の用をなしません。空だからこそ、水でも何でも入れる
ことができるのです。一方、水もまた容器を必要としま
す。

 ここで「コップが空(くう)であること」を「空である性
質」という意味で「空性(くうしょう)」と呼ぶことにします。
すると、空のコップには空性がある、と表現することが
できますね。(でも、この表現は日本語になじみませ
んので、空性とはコップの内部のスペースのことだと
理解していただいても結構です。「コップにはスペース
がある」ならわかりますね。)

 さらに、こういうこともいえるでしょう。もしコップに空
性(スペース)がなければ水が入る余地はないので
すから、コップにおいて空性と水とは不可分の関係に
あります。空性なくして水はありえず、また水なくして
空性も意味をなしません。

 なぜこんなことを申しあげたかといいますと、般若心
経で用いられている「空」という語は、原語に照らして
正確に訳せば、すべて「空性」と解さねばならないの
です。すなわち、「空なるもの」ではなく「空なること」
を意味するわけです。これは「空」を理解するうえでの
大きなポイントです。