HG 倶生の冥見

「倶生(くしょう)ノ冥見オソルベキノ至リナラズヤ」

高田派第十七世 円遵上人『繙(ひもときの)御書』に
 「タトヒコノ世ニテハ人目ヲカザリ、ヒソカニナスト思ヘドモ、浄玻璃ノ鏡ノ影、アニ少モ欺クコトヲエムヤ。コノ時にアタリテ後悔ストモ何ノ益カアラム。且ハ倶生ノ冥見オソルベキノ至リナラズヤ」
とある。
 毎年、年頭にこの御書を拝読しながら、「倶生ノ冥見」の意味が分からずにいたが、ある時、下記のようだと知って、阿頼耶識に似たインドの思想であろうと思っている。我々の行為(業)は、行為をして、それで消えていくものではなく、無意識の領域にたえず記録され、蓄積されていき、やがてその影響が現れてくるものであるという意味であろう。


倶生神(くしょうじん、skt:Soha-deva)は、人の善悪を記録し死後に閻魔大王に報告するという2人の神のこと。

倶生とは、倶生起(くしょうき)の略で、本来は生まれると同時に生起する煩悩を意味する。

人が生まれると同時に生まれ、常にその人の両肩に在って、昼夜などの区別なく善悪の行動を記録して、その人の死後に閻魔大王へ報告する。左肩にある男神を同名(どうめい)といい、善行を記録し、右肩にある女神を同生(どうしょう)といい、悪行を記録するという。

インドでは冥界を司る双生児の神であったが、仏教が中国に伝わると、司命などの中国固有の思想などと習合し、また中国で成立した偽経の中において様々な性格を付加されるに至った。また日本に伝えられるや、十王信仰と共に知られるようになり、絵画や彫刻などでも描写されている。
「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%B6%E7%94%9F%E7%A5%9E」より作成

(出典 円遵上人『繙御書』、ウイキペディア)
【キーワード】業 悪業 善業 記録 同生 
   同名 生涯