HG 報恩講の「報」

 恩に報いるとは
 恩を報せることである

 (報恩講とは、「恩に報いる集い」であるが、
  「恩を報せる集い」でもある。)
    児玉暁洋

★恩徳讃は「恩に報いる」べきという。尤もであるが、
今一つ、「恩を報せる」べきチャンスで
もある。(「報」には「報道」「報告」というように「しら
せる」意味がある。)
 恩を知らされて知った者、頂いた者が、初めて恩に
報いる心がおこる。「善き人」(善知識)が報せるので
あるが、「知識」として知るのではなく、「信知」して初
めて恩に報いる身にさせて
いただくことができる。そのとき初めて「報恩講」を営
むことができる。
 「恩に報いる」とは、また他の人に恩を「報せる」こと
の他にない。

(出典 児玉暁洋 『崇信』539号)
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        自信教人信 知識